著者の窓 第25回 ◈ 岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった +かきたし』

著者の窓 第25回 ◈ 岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった +かきたし』

 反響を呼んだ岸田奈美さんのデビュー作がついに文庫となりました。書き下ろし原稿を加えた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった+かきたし』(小学館文庫)に綴られるのは急逝した父、ダウン症の弟、車いすユーザーの母。家族たちとの忘れられない記憶と、涙と笑いでいっぱいの岸田さんの日常。NHKで連続ドラマ化も決定している感動の自伝について、あらためて岸田さんにうかがいました。


ドラマ版で描かれる岸田家の〝隣の人生〟

──岸田さんの自伝『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が五月よりNHKで連続ドラマとして放送されます。ドラマ化決定の連絡を受けた時は、どんなお気持ちでしたか。

 それはもうびっくりしました。一番驚きだったのは、「あのNHKで連続ドラマに?」という部分ですよね。わたしの文章はスマホで気軽に楽しんでもらうようなものなので、ドラマにして面白いのかな、視聴者の皆さんの期待に応えられるのかな、という疑問がありました。ただこの本を単行本にしていただいた際に、編集さんから「ネットを見ない世代にも届けたい」と言われたんですよ。そして実際、想像よりずっと多くの方に読んでもらえました。祖母くらいの世代の方が、図書館で借りて読みました、とか。ドラマ化でその輪がさらに大きくなると嬉しいなと思っています。

岸田奈美さん

──ドラマで描かれるのは岸田家をモデルにした〈岸本家〉の物語。岸田さんやご家族へのインタビューが、脚本には生かされているそうですね。

 プロデューサーや脚本家さんが何度も実家に来てくださって、うちの家族の話を毎回四、五時間は聞いてくれました。それも「こういう絵や場面を作りたい」とか「エモい発言を引き出したい」という感じでは一切なくて、岸田家の昔話にずっと耳を傾けてくださったんです。認知症のおばあちゃんの話もにこにこと聞いている。何を言っても大丈夫なんだという安心感があって、長年忘れていた記憶がふっとよみがえってくることもありました。
 先方からは「岸田さんにはご自分でも意識していない、悔しさや悲しさなど、色んな感情があると思います。そこも含めてドラマにしたい。岸田家の〝if〟の物語です」と説明されました。そのときは具体的なイメージが浮かばなかったのですが、脚本を読ませてもらって、こういうことか! と腑に落ちました。読んでいる間はずっと泣いてましたね。

──脚本のどこに感動されたんですか。

 スタッフの皆さんが聞き上手なので、インタビューでは結構暗い話もしてしまったんです。中学時代に父が急死して、希望する高校に進むことができなかった。そのせいで高校時代はうまく人間関係を築けなかったんです。父がいなくて、母が入院中で、弟がダウン症。それがどんな生活か同級生に分かってもらえるはずがないと思っていたし、弱みを見せたくないという虚勢もあって。でもドラマの主人公の七実はちゃんと友達がいて、喧嘩をしたり、お互いを思いやったりしながら高校生活を送っている。自分が選べなかった道を、七実が歩んでくれたんだと思うと、すごく救われた気がしました。わたしは今回のドラマは〝隣の人生〟だなと思っているんです。当時は気づけなかった同級生の優しさにも、あらためて気づかされたりしました。

まず自分を楽しませたくて、文章を書き始めた

──岸田さんは大学在学中から〝障害を価値に変える〟が理念のベンチャー企業・ミライロのメンバーとなり、広報担当としてキャリアを重ねてこられました。そんな岸田さんがネット上でエッセイを発表するようになったきっかけは、何だったのですか。

 大学一年からミライロで働き出して、めちゃめちゃ忙しい毎日でしたけど、充実もしていたんです。でも十年経って会社の規模が大きくなるにつれて、社会人としての自信を失うことが多くなりました。
 自分で言うのも何ですが、広報担当としてはそれなりに有能だったと思うんです。思いついたことはとりあえず全部やって、会社が「日経スペシャル ガイアの夜明け」(テレビ東京系)で紹介されたり、「news zero」(日本テレビ系)で取り上げられて櫻井翔さんにユニバーサルマナー検定を受けていただいたり、という結果も出せた。でもタイムカードを押すとか、待ち合わせに遅刻しないとか、基本的なことができないんですね。仕事をどう部下に伝えたらいいかも分からないし、「岸田さんのやっていることが分かりません」と困惑もされました。
 自分はすごく駄目な人なんじゃないかと思い悩んで、二か月休職しました。そんな時に弟の良太と三重県のパルケエスパーニャに行ったらすごく楽しくて。

岸田奈美さん

──その旅の様子を綴ったエッセイが「どん底まで落ちたら、世界規模で輝いた」。良太さんの強さに力を分けてもらった経験が、鮮やかに描かれています。

 うちの弟がこんなに勇気があって、しかもその素晴らしさに気づいているのはわたしだけ。この喜びを文章にしておきたいと思ったんですね。今でもそうですけど、エッセイを書く一番の理由は自分を楽しませたいから。社会を明るくしようとか、読者の心を軽くしてあげたい、というような大それた気持ちはまったくなくて(笑)、せいぜい居酒屋で席が近くなった人におもろい話をしようか、くらいの感覚ですね。

──とても辛かった経験を回想する時でも、岸田さんはユーモアを忘れませんね。

 辛いことをそのまま辛いと言わないのは、両親の影響かもしれません。死んだ父親は面白い人で、おかんが良太の将来を悲観して暗くなっていると、「俺と良太は将来、二人で米を作って暮らす。おまえらは勝手にしろ」とか突拍子もないことを言い出すんです。土地や農家にもあてがあると言うんですが、全部でたらめなんですよ(笑)。おかんはおかんで落ち込みやすい性格ですけど「大変すぎて、笑けてくるわ」という大阪人的なユーモア感覚があって、辛いエピソードも笑い話に変えてしまう。目の前を明るく照らすユーモアみたいなものは、二人から受け継いだものだなと思いますね。

岸田奈美さん

──頭を下げまくるお母さんを〝赤べこ〟に喩えたり、バストを〝黄泉の国の戦士〟と呼んだり、岸田さんのエッセイは比喩も絶妙です。こういう比喩はどのように浮かぶのですか。

 ネットの掲示板文化でしょうかね。本にも書きましたがわたしは友達がいなくて、小学二年からネットの向こうの人たちと文章でやり取りしていたんです。当時の掲示板って、相手の発言をいかに面白く打ち返すかを競っているところがあって、あれでだいぶ筋肉が鍛えられました(笑)。今も文章を書きながら、ひたすら自分に突っ込みを入れ続けている感覚です。

死にたいという母に言った、とっさの一言

──反響を呼んだ「母に『死んでもいいよ』といった日」というエッセイについてもうかがいます。退院後、車いす生活になったお母さんが「死にたい」と口にした。高校生の岸田さんにとって非常にショックな発言ですよね。

 もちろんショックでしたけど、ただそれだけの単純な感情ではなくて。母がいなくなってしまうかもしれない悲しみ、母の辛さに気づけなかった怒り、でも本音を打ち明けてくれたならまだ大丈夫だという喜びもあって、複雑な感情がぐるぐるしていました。それ以上に、母に向かってどんな言葉をかけるのが正解なのか、考えるのに必死でしたね。もう生きていたくないという母に向かって、「がんばって」「もっと生きていて」というのは自分勝手なのかもしれない。じゃあどうすればいいんだ、と考えた末に出てきたのが、「死んでもいいよ」という一言でした。

──さらに言葉を重ねて「ママが、生きててよかったって思えるように、なんとかするから」と。そしてその言葉は、数年後には現実となります。

 特に考えがあってそう言ったわけじゃないんです。ただ口に出すと、なんとかするしかない。わたしの人生、そうやってとっさに口にした一言から、最悪の事態に希望の光が差してくるということがよくありますね。でも本当にあのやり方が正しかったのか、本当のところは分からない。わたしはあそこで事態が変わったというストーリーを描きましたけど、自分に都合のいい解釈かもしれないな、とも思っているんです。今回ドラマにしていただいて、別のクリエイターさんの視点が加わったことで、過去の捉え方がより広くなればいいなと思います。

岸田奈美さん

──岸田さんとご家族の関係はずっと変わり続けてきたんですね。自分がどうありたいかを考えて、本気で選択した結果が、今の岸田家なのだなとお話を聞いていて思いました。

 やっぱり人と人が一緒にいるって、簡単なことではないですよ。家族だから愛して当然、大切に思って当たり前ということはないし、濃い関係を〝呪い〟として受け取る人もいる。わたしはよく「家族を愛する作家」と紹介されますけど、分かりやすい美談でくくってほしくないという思いはありますね。小学生の頃、良太がわたしの学校に入学してくる時に「岸田さんは弟さんが障害者で大変なので、みんな助けてあげましょう」と先生が言うのを聞いて、悔しくて泣いたことがあるんです。障害者家族だから大変、弟の面倒を見てえらい、と決めつけられるのがいやだったんですね。同じようにわたしの文章を読んで、傷ついた人もたくさんいると思います。うちの家族は良太さんのように温和じゃない、(傍で見ていないと他人に迷惑をかけてしまうから)岸田さんみたいに家を出て働くことも許されなかった、という方も実際にいます。

誰もが家族を選べる社会になるといい

──この本のタイトルに込められているのは、「家族は選ぶことができる」という発想です。これは写真家の幡野広志さんから伝えられた家族観だそうですね。

 幡野さんの本を読んだり、お話を聞いていて、そうだよね、と腑に落ちたんです。わたしは〝家族だから〟母や弟と過ごしてきたんじゃない。色々面倒なことはあるけどこの人たちを愛していて、一緒にいると自分も幸せになれるからという理由で、これまでの人生を選んできたんです。
 このことはわたしの本を読んで傷ついた人、血の繋がった家族が好きじゃないという人への励ましになると思います。家族は選ぶことができるし、家族だからこうすべきという決まりもない。今、良太はグループホームに入って新しい〝家族〟ができました。わたしも将来、新しい家族をもつことになるかもしれない。岸田家だけじゃなく、みんなが自分に居心地のいい家族を、自由に選べる社会であればいいなと思います。

岸田奈美さん

──本書でのデビュー以降、次々とエッセイを発表されているほか、ご自分の本のイラストも手がけ、テレビのコメンテーターを務めるなど、さまざまな分野で才能を発揮されています。今後やってみたいことはありますか。

 エッセイではこれからも〝小さくて、複雑なこと〟を面白く伝えていけたらなと思います。今回、文庫版の解説で、作家の一穂ミチさんが、「(岸田さんは)自分を晒け出すことより、忘れてしまうことのほうが恐ろしいんでしょう」ということをわたしについて書いてくださって、それはそうだなと気づきました。今後も「障害者家族とは」「現代の女性とは」みたいな大きい主語ではなく、あくまで自分のために書き続けていきたいなと思います。
 ただエッセイでは伝えきれないこともあるな、と最近痛感するようになりました。これからは岸田奈美とは別の人生も書けたらいいなと思います。わたしは今文章を書いて暮らしていますが、それが叶わなかった人生、会社員を続けていた人生もあるはず。そういう可能性から目をそらしてはいけないと思うんです。できるかどうかは分かりませんが、何らかのフィクションには挑戦してみたいですね。それと一度でいいからドラえもんの映画の原作をやりたいです!

──そういえば本の中でも「ドラえもんになりたい」とお書きになっていましたね。

 今回ドラマ化が決まってからすごく忙しくて、夜は壊れたようにドラえもんの映画を見続けていたんですが(笑)、大人になって見返してみると、深くて切ない話が多くて。子どもがわくわくできて、大人には胸に刺さる。ああいう物語を書いてみたいです。夢ですね、ドラえもんに携わるのは。

岸田奈美さん

家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった +かきたし

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった +かきたし
岸田奈美/著
小学館文庫

 

 NHK  プレミアムドラマ 
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」

NHKプレミアムドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」

【放送予定】
2023年5月14日(日)スタート〈全10話〉
毎週日曜 夜10:00~10:50
(BSプレミアム・BS4K)

【出演】
河合優実 坂井真紀 吉田葵 錦戸亮 美保純 ほか
ドラマの詳細はこちら


岸田奈美(きしだ・なみ)
1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年にわたり広報部長を務めたのち、作家として独立。Forbes「30 UNDER 30 Asia 2021」選出。著書に『傘のさし方がわからない』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。
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(インタビュー/朝宮運河 写真/五十嵐美弥)
「本の窓」2023年5月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『土下座奉行』伊藤尋也
◎編集者コラム◎ 『伏龍警視・臣大介』神野オキナ