俳優・渡辺謙さん特別インタビュー/映画『木挽町のあだ討ち』と役者人生【前編】

俳優・渡辺謙さん特別インタビュー/映画『木挽町のあだ討ち』と役者人生【前編】
 ただいま公開中の映画『木挽町のあだ討ち』は東映が京都撮影所で制作した時代劇だ。この作品に渡辺謙が出演している。渡辺謙は1980年代から90年代にかけて、数多くの京都制作の時代劇に出演してきた。そこで「渡辺謙と京都の時代劇」という切り口で、若手時代から『木挽町のあだ討ち』に連なる流れをうかがってみた。全2回の初回は、「東映京都と渡辺謙」という視点での話から。
取材・文=春日太一 撮影=岡田泰裕

北大路欣也から学んだ「座長のかた

 渡辺謙の東映京都での初出演作品は1984年のテレビシリーズ『弐十手物語』(フジテレビ)だった。当時24~25歳の渡辺はまだキャリアも浅く、脇の下っ引き役での出演だった。

「当時の東映京都は、もう今とは比べ物にならないぐらい怖かったですよ。向こうからすると、どこの馬の骨かもわかんないような奴が来るわけですよ。劇団の養成所で使っていた寸足らずの浴衣なんか羽織って、『なんだこいつ』みたいな状態だったんで。僕としても、予定表がどこに貼ってあるのかすら、わからない状況でした。
 それから、ロケの時はお弁当って自分で持ってかなきゃいけないんですよ。で、そうじゃない人は頼んどかなきゃいけないんです。それを知らなくて、最初にロケ行った時に『はい、お昼ごはんです』って言われて、『え、俺は──俺の飯はどこにあんのかな』って言ったら『頼んでないんかい』みたいな。そういう現場の仕切りをいちから学ばせてもらったというか。よくも悪くも洗礼は受けましたね」

渡辺謙さん

 1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』の主人公・伊達政宗役に大抜擢されたことで、大スターの道を一躍して歩み出す。その時に父親の輝宗役を演じたのが、東映のスターである北大路欣也だった。

「当時の僕は座長というにはちょっと若すぎたんですけど。主役という立場で現場に『居る』っていう『居方』を教わったのは北大路さんからですね。
 たとえば車座で軍議を開いたりする場面を撮るわけですよ。そこには錚々たるメンバーがいます。その時に、カメラはその当時からもう──スイッチングもしましたけど──結構いろんな方向から撮るっていうスタイルになってたんですね。するとみなさん、やっぱりアングルが変わるといったん前室に行ったり、ちょっとスタジオの映らないとこに行ったりしている。ですけど、北大路さんはデーンって動かないんですよ。それを見て、『あ、動かないんだ』と思って。スタッフに対しても含めて、『俺はここにいるよ』という。
 もちろん、その時は輝宗が『長』ですから。でも撮影だけではなく、『この場を俺がコントロールしてるんだ。この場では俺が軸にいるんだ』っていうのをすごく見せてくれたんですね。
 北大路さんも東映で育っている。東映はすごくいい意味でスターシステムじゃないですか。やっぱり『ここで主役を張る』ってことの圧力みたいなものを北大路さんも東映で育くんだんだと思うんですよね」

渡辺謙さん

 その後、1989年の正月時代劇スペシャル『織田信長』(TBS)では信長役で主演。東映京都の時代劇で初めて主役を張ることになった。

「こんなこと言うと本当に怒られちゃうかもしんないけど──すごく良い待遇でした。やっぱり違うものなんです。『これ東映京都だよな』って思うぐらい、お弁当も頼んでないのに一人だけ大きいお弁当でした。
 ただ、これはその時の習慣なので良いとか悪いとかではないんですけど──助監督が僕を呼びに来る時に『主役お願いします』って言うんですよ。僕はちょっとそれには抵抗があって。『ごめんなさい。あの、もう名前とか役名とかそれでいいんで。そうやって呼んでください』ってお願いしました。習慣としてね、『この人が主役なんですよ』っていう風に神輿を担ぐというのが、東映のスタイルだったのですが、なんとなく僕は居心地が良くなくて」

 東映本体が東映京都で撮影した時代劇への出演は、この『木挽町~』が久しぶりになる。当時と変わったところ、変わっていないところについて、うかがってみた。

映画『木挽町のあだ討ち』スチール写真
Ⓒ2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 Ⓒ2023 永井紗耶子/新潮社

「またこんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど、今は非常に民主的ですよ。 とても民主的だし、仕事はしやすいです。
 ただやっぱりね、伝統っていうのかな。例えば衣装だったり小道具だったり美術だったり、そういう伝統はちゃんと受け継がれてるなって気はしますね。僕たちの想像力をさらに湧き立たせてくれるような、そういう土壌っていうのはいまだにちゃんと受け継がれてる気がしますよね。
 スタッフもそういうのが蓄積されてる方々ですから。小道具にしろ、衣装にしろ、倉庫からパッと出てくるものが 『あ、分かってるな』みたいなね。そこから始まるんで、やりやすいです。結局、僕らも没入しないといけないじゃないですか。小道具や衣装や美術がちゃんとしていると、その没入するスパンがいらないわけですよ。ポンって入っていけるんで。こうでああでって自分で悩むんじゃなくて、メイクして衣装パッと羽織ってスタジオにスッと入ったら、『うん、オッケー。うん。うん。もうこの世界観だよね』って。そこに浸れるっていうのはやっぱり大きいですよね」

*インタビューは「後編」につづきます


渡辺謙さんと春日太一さん

渡辺 謙(わたなべ・けん)
1959年、新潟県生まれ。演劇集団「円」研究生を経て、1980年、演劇「悲劇・ブリタニキュス」でデビュー。1987年、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」に主演。急性骨髄性白血病を克服後、2003年公開の映画『ラスト サムライ』でハリウッドに進出し、米アカデミー賞助演男優賞にノミネート。以降、国内外で映画、ドラマ、ミュージカルなど数々の作品に出演。

春日太一(かすが・たいち)
1977年、東京都生まれ。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士後期課程修了(芸術学博士)。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず!完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『役者は一日にしてならず』(小学館)など多数。『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)で第55回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。最新作は『なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱』(小学館)。

なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱

『なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱
春日太一=著
小学館


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