俳優・渡辺謙さん特別インタビュー/映画『木挽町のあだ討ち』と役者人生【後編】

俳優・渡辺謙さん特別インタビュー/映画『木挽町のあだ討ち』と役者人生【後編】
 ただいま公開中の映画『木挽町のあだ討ち』は東映が京都撮影所で制作した時代劇だ。この作品に渡辺謙が出演している。渡辺謙は1980年代から90年代にかけて、数多くの京都制作の時代劇に出演してきた。そこで「渡辺謙と京都の時代劇」という切り口で、若手時代から『木挽町のあだ討ち』に連なる流れをうかがってみた。全2回の2回目は、「渡辺謙と京都の先輩俳優たち」という視点での話から。
取材・文=春日太一 撮影=岡田泰裕

若山・勝兄弟には「アイディアの幅」があった

 渡辺謙は1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で主役の伊達政宗に抜擢されて、大スターへの道へ躍り出る。この時、物語の中盤で政宗の前に立ちはだかるのが豊臣秀吉。演じたのは勝新太郎だった。

「勝さんは、ものすごく繊細なんですよ。メイクテストも何回も何回もやって、ポラロイドで撮って、それを自分で眺めながら、いろんな角度から見て。そうやって、自分の視覚から役に落とし込んでいく。それだけでなく、その時代背景、シチュエーションの背景みたいなものの資料を読んで、そこから美術スタッフにオーダーをしたり、『シークエンスをこうやって作っていこう』って演出家にオーダーをしたりするんですよ。それがいちいち面白いんですよ。
 夏に秀吉が東北を見回りに来て僕と会うシーンで『俺はな、氷は食べたい』って言うんですよ。夏ですよ。『え、氷ですか?』──リハーサルの時に『富士の雪室から氷を持ってきてるんだ。秀吉は何でもやるんだ』って。もう秀吉になってるんですね。それで用意させて、本番では氷を頬張りながらセリフ喋ってるわけですよ。その背景でセミが鳴いていて、暑い日差しでみんな汗かいてんのに、一人だけ氷を食べてる。それだけで、秀吉の権威みたいなものが見えてくるわけです。金とか体の強さではない、権力の強さ・深さみたいなものをビジュアル的に見せていくんです。
 学ぶべきところはすごくありましたね。もう何でもいいんですよ、発想は。発想のタガを外すっていうのを勝さんから教わりました。アイデアの幅みたいなものを常に持ち続けるという。すごく参考になりましたね」

渡辺謙さん

 89年の正月時代劇『織田信長』では信長役で主演。この時、守役の平手正秀を演じたのは、勝の兄で東映の重鎮である若山富三郎だった。

「若山さんにはすごく可愛がってもらいましたね。もちろん勝さんと一緒にやってたっていうのもご存知だったので。それに若山さんの役も守役でしたからね。
 道三と会う時の長袴のさばき方をものすごく丁寧に教えていただきました。東映だとケレン味たっぷりに派手にやるのかなと思ったら、そうじゃなくて。見えないところでさばくんですよ。見えないところでさばくんだけど、それが綺麗にすーっと歩いてるように見える。長袴の下に手を入れて──ドレスと一緒ですよね──歩くちょっと手前に、足を上げたら長袴をピッて投げるんですよ。ピッピッピッと、それをスムーズにスーってやると、本当につっかえることなく、シューって歩けるんですよね。
 あと刀の持ち方も教わりました。『うつけ時代の信長だったら、どんな持ち方しても大丈夫。鞘をつかんでドンと持っていても、そう刀は抜けるもんじゃないから。鯉口を切らなければ、どんな持ち方しても大丈夫だ』と。
 勝さんと方向は一緒ですよ。アイデアを持っていながら、そこにちゃんと合理性を持たせる。学ばせていただきましたね」

 90年に始まる『仕掛人 藤枝梅安』(フジテレビ)では主人公の殺し屋・梅安を演じた。この時の相棒の彦次郎役は、劇団の先輩でもあるベテラン・橋爪功だった。

「橋爪さんは相当な荒れ玉でも受け止めてくれるキャッチャーなので、それは楽しかったですよね。台本上にない、オリジナルの原作の中にあるセリフだったりとか、そういうのを言ってもシュって受け止めてくれるんで。
 もちろん、それは監督やプロデューサーとも相談しながらやってるんですけど──どんなシチュエーションでも、どんな芝居でも、本当にそこにあるかのように受け止めてくれる。ただ受けるだけじゃなくて、ちゃんと返すボールもそれにふさわしいボールを返していただける。キャッチボールのやり取りというのが、自然とできる。時代劇って割と、こっちが言った、次に相手が言った──っていう風に一方通行のやり取りになりがちなんですけど、この世界だけがフワーって時間が流れてるみたいな、そういうお芝居になったんじゃないかなって気がします」

映画『木挽町のあだ討ち』スチール写真
Ⓒ2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 Ⓒ2023 永井紗耶子/新潮社

『木挽町のあだ討ち』は主要キャストが若い。数々の大舞台を経験して圧倒的な実績の持ち主である渡辺謙は、彼らからすると、かつての勝新太郎や北大路欣也や若山富三郎の立場に当たる。その辺りを、ご自身はどう捉えているのだろう。

「おそらく、僕が若い頃に、北大路さんだったり勝さんだったりが思ってるのと、多分、今の僕も同じこと思ってるんじゃないかなって気はするんですよ。それは自分が俯瞰で見ているとか、重石としているんじゃなくて、やっぱりその役としてこの作品にチャージするっていう。だから、『俺、トメだからさ』とかっていう思いは全くないですね。
 その役としてどうやってそこに存在して、いろんなジェネレーションの俳優たちとやり取りできるかっていう。おそらく、先輩方も渡辺謙にそういう風にされていた。一本どっこなんで、別に横綱だろうが、幕下だろうが、土俵に上がったら一緒やからっていう。僕も何べんも投げ飛ばされてきましたからね(笑)」

渡辺謙さん

渡辺 謙(わたなべ・けん)
1959年、新潟県生まれ。演劇集団「円」研究生を経て、1980年、演劇「悲劇・ブリタニキュス」でデビュー。1987年、NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」に主演。急性骨髄性白血病を克服後、2003年公開の映画『ラスト サムライ』でハリウッドに進出し、米アカデミー賞助演男優賞にノミネート。以降、国内外で映画、ドラマ、ミュージカルなど数々の作品に出演。

春日太一(かすが・たいち)
1977年、東京都生まれ。時代劇・映画史研究家。日本大学大学院博士後期課程修了(芸術学博士)。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『時代劇は死なず!完全版 京都太秦の「職人」たち』(河出文庫)、『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』(文春文庫)、『役者は一日にしてならず』(小学館)など多数。『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)で第55回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。最新作は『なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱』(小学館)。

なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱

『なめたらいかんぜよ 脚本家・高田宏治が生きた東映五十年の狂熱
春日太一=著
小学館

渡辺謙さんと春日太一さん

俳優・渡辺謙さん特別インタビュー/映画『木挽町のあだ討ち』と役者人生【前編】
萩原ゆか「よう、サボロー」第146回