採れたて本!【デビュー#42】

きのうから右腕の内側が赤く腫れ、かゆくて仕方ないのだが、アレルギーなのか蕁麻疹なのか、皮膚科に行っても原因はよくわからない。ふだん自分の体のことなんかほとんど意識しないで生きているのに、ちょっと不調になっただけで違和感が浮上し、原稿を書くにも支障が出る。
誰にでもある、身体に対するそういう違和感を(たぶん)幻想小説的にふくらませて書かれたのが、才谷景のデビュー短編「海を吸う」。2023年、文藝賞の短篇部門(同賞の60回を記念して、この回だけ短篇部門が復活した)の優秀作に選ばれ、〈文藝〉2023年冬季号に掲載。その後、〈文藝〉2025年冬季号に発表された中編「庭に接ぐ」と一緒に、『海を吸う/庭に接ぐ』として単行本化された。
「海を吸う」の主人公は、父が出ていった家で母と暮らしている少女ひより(何歳だかわからないが、学校で水泳の授業を受ける場面がある)。身体的な違和感は、この小説では〝穴〟となって現れる。書き出しを引用しよう。
鼻の穴から、白く細い麵のようなぬるぬるが、絶え間なく出てきて止まらない。
(中略)
タオルで鼻の穴を拭って、羽織ったガウンから肌を露出し、鏡に映る穴、穴、穴を見る。体に穴が開くようになってから、これまできめ細かだった皮膚はくすみ、穴を覗けば真っ暗闇。見つめていると吸い込まれそうで怖かった。
ひよりの体の中には海があり、重さがある。ひよりはそれを外に出したくてしかたがない。いっくんは穴の底を貫けばいいんだよと言い、母は「筒になりなさい」と言う……。
優秀作受賞記念インタビュー(〈文藝〉2023年冬季号)によれば、著者の才谷景(2000年、東京出身)は、大学に通いながら納棺師の仕事をしていて、遺体の口を閉じたり鼻孔に綿を詰めたりしているうち、体に開いている穴を意識するようになり、人体の穴に対する興味と、女性を〝穴〟と侮蔑的に形容する人々への違和感とが相俟ってこの作品が生まれたという。
もっとも、「海を吸う」の最大の魅力は、魅惑的な文体で体に開いた穴を鋭利に描写していく語りにある。400字換算で40枚程度の分量なのに、圧倒的な密度のおかげで、長編並みの読み応えだ。選考委員を務めた柴崎友香も、
〈「海を吸う」は、身体の感覚と心の内とを具体的な手触りや光景が直接感じられるような言葉で書かれ、それを追い求めていく力のある書き手だった。一人の若い女性がおかれている非常に閉塞的な状況や無力感、その底でもがく心情がひたすらに描かれていて、最後までその一人 の在りようを書ききっていた〉と称賛している。
その一方、柴崎友香は〈この設定で母親の支配だけが強調されて父親が不在なのには疑問を感じた〉とも書いているのだが、その指摘を受けてかどうか、本書に収録されたもう一作「庭に接ぐ」は、「海を吸う」で不在だった父を核に据えた異形の介護小説になっている。
前出のインタビューで、デヴィッド・クローネンバーグとその息子のブランドン・クローネンバーグが好きだと語る著者だけあって、ぬとぬとぐちょぐちょの汚穢描写にはクローネンバーグ感というか『ビデオドローム』感が横溢する。カミキリムシの使い方にも、(カフカ味以上に)クローネンバーグ味があって、思わず身を乗り出して読んでしまった。
文藝賞からこんな作家が登場するとは。クローネンバーグ好きの小説読者はお見逃しなく。
評者=大森 望






