市塔 承『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』◆熱血新刊インタビュー◆
伝えたいことがあるから

全471ページという分厚さに驚かされたと思いきや、目次を見ると「序」のボリュームが総ページのなんと3分の2以上を占める。破格のデビュー作だ。
「編集さんから〝3分の2までは全部『序』にしませんか?〟と言われたんです。『序』がめちゃくちゃ長いって、普通じゃないというか、メフィスト(賞)っぽくていいなとなって大賛成でした」
「序」の異様な長さには、物語上の必然性がある。冒頭から3分の2までの大半は、神聖ニアニ王国という架空の国家の歴史について記された書物の引用なのだ。残り3分の1は、共和国となった現代の同国に暮らす大学院生の主人公が、その書物──タイトルは『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』──に隠された謎を読み解いていく。過去から現在へ、歴史ロマンからミステリーへと、物語は3分の2を過ぎたところで大きくギアチェンジを果たす。
「学問って、人類が積み重ねてきた謎を追究するという意味で、根本的にミステリーだと思うんです。小説の中に学問をモチーフとして取り入れることで、ミステリーとして成立するんじゃないかと思っているんですよね。今回はそれが、『歴史』でした」
本作の最大の個性は、作中作のボリュームと演出にある。大前提として、主人公が読み進める書物は、神聖ニアニ王国に実在したかつての宰相が記したものだ。ところがその書物の中には、「本泥棒と少女」という物語が入っていて、その中には「ヒアヌビレの業績録」が入っていて、またその中には「砂漠に残された真実」が入っていて、さらにまたその中には「水神叙事詩」が入っている。しかも、各編は一話読切型で登場するわけではなく、同時並行で少しずつテキストの中身が展開していく。
「作中作ごとにバラバラに分離した方が読みやすくなるのはわかっていたんですが、登場人物たちが過去の史料を読んでいる感触を出すには、作中作の中に作中作があるほうがいいという判断でした。自分でも、書いていてちょっと混乱しました(笑)」
とは言え、意外なほど読みやすい。
「できるだけ読みやすくなるように腐心しましたし、編集さんからのアドバイスで、登場人物が〝この本はなんでこんなに読みづらいんだ!? 〟とツッコむ場面を何箇所か入れたんです。そこが、いいガス抜きになったのかなと思っています。読者さんと同じ目線に立っている人物を出すことで、決して読者の存在を無視しているわけじゃないです、というシグナルも出せたのかなと(笑)。作中作の中では『砂漠に残された真実』がお気に入りかもしれませんね。あの話の登場人物たちが遺跡を訪問したり、石碑の文字を読み解いたりしながら、ニアニ国の宗教の誕生について探究する姿には、歴史ロマンの香りがうまく出ているかなと思っています」
メフィスト賞に出すんだったら、作中作が1個だけだと普通すぎる
初めて小説を書いたのは、高校3年生の夏休みだったそう。きっかけは、ディストピア小説として知られるジョージ・オーウェルの『一九八四年』を読んだことだった。
「父も母も推理小説が大好きで、僕もちょこちょこと家の本を読んではいたんですが、面白いとは思っても〝書きたい!〟となることはありませんでした。ただ、『一九八四年』を読んだ時は、衝撃を受けたんですよね。小説の中で、ニュースピークという架空の言語が出てくるんです。それは全体主義国家が作った新しい英語で、『自由』って単語がなくなってしまったら自由を考えることができないよねという発想で、言葉によって国民を統制していくというものです。こんな発想があるんだなって驚きましたし、言語の力というテーマを言語芸術で表現することへの面白さを感じたんです。もともと言語が好きだったこともあり、言語を題材にした話なら自分もできるかもしれないと思って書き出したのが、『ルヴァルの人々』という小説でした」
受験勉強をしながら一気呵成に書き上げた初小説は、7万字弱という文字量だった。長編としては短めの枚数だが、メフィスト賞の当時の下限枚数をクリアしていた。応募したところ最終選考に当たる編集部の「座談会」に取り上げられ、編集者から「また書いてください」と激励の連絡が届いた。大学受験後に着手した第2作が、受賞作となる『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』だ。
「メフィスト賞を意識して書いた作品だったんです。メフィスト賞って、かなり尖った作品が受賞していますよね。自分も尖ったものを書くべきなんじゃないかなと考えた時に、作中作が使われている小説って、尖っているやつが多いなという印象があったんです。ただ、メフィスト賞に出すんだったら、作中作が1個だけだと普通すぎる。じゃあいっぱい入れようっていう、深夜テンションで思い付いたんです。ちなみに、改稿の段階で削除したんですが、応募原稿では作中作がもう一つありました(笑)」
プロットは事前に「ガッチガチ」に固めてから書き出したそうだ。ただ、実際に原稿を書いていくと、思いもよらない発見が多々現れる。そこに、小説を書く楽しみがある。
「ニアニ国の歴史は宗教の問題が大きく関わってくることもあり、書きながら宗教について考えることが多かったんです。例えば、ある登場人物が抱く〝宗教の始まりには救いがあったのか?〟という問いに対しては、書く前まで自分の中に答えのようなものはなかったんですよね。書き終わった時に初めて、そうか、宗教の始まりに救いはないんだなと思ったんです。ただ、救いがあってほしいという人々の祈りだけがある。そう考えると、今まさに世界のいろいろな場所で起きている戦争などについて、宗教のせいにするのは違う気がしました。救われたいという気持ちや神の存在を、自分たちの都合のいいようにねじ曲げてしまう人間の問題なんだなと思ったんです」
歴史を学んでいると、歴史は繰り返しているんだなとしみじみ実感する
「架空の世界の話ではあるんですが、ファンタジーを書いたつもりはなかったです。これまで自分が学んできたさまざまな国の歴史を断片的にもぎ取って再構築した、地球上で実際に起こり得る物語だと思っていました」
架空の国家の歴史を稠密に描き出したうえで、歴史(書)の謎を解く。その構造は、現代を生きる人間が、歴史から何を学ぶかというテーマを反映している。実は、現在大学3年生である作家は、大学で歴史学を専攻している。
「『歴史は繰り返す』という格言って、あまりにも言われすぎて意味が薄れているような気がします。でも、手垢がつきまくっているように感じられるというのは、それだけ多くの人が伝えてきたってことでもあるので、本当に大事なことなんですよね。歴史を学んでいると、歴史は繰り返しているんだなとしみじみ実感することが多いですし、残酷な出来事はもう繰り返されないでほしいと思うんですよ。ただ、そこで僕が個人として何ができるかと言うと、具体的にはほとんど何もできないんです。唯一できることと言えば、『歴史は繰り返している。その状況から脱して新しい歴史を作らなければいけない』と言葉にすることしかない」
その言葉を一人でも多くの人に伝えることで、もしかしたら世界はかすかに変わっていくかもしれない。歴史を学ぶ一人の人間としての願いは、歴史を題材にした本作にも息づいている。
「自分の書いた本が書店に並んでいる様子を見ているうちに、古代の人たちが石碑や粘土板に文字を残した気持ちがより理解できるようになりました。何かを伝えたい、届けたいことがあるから、人は書くんだなと思ったんです」
書くことが楽しい、読者を楽しませたいというだけに留まらず、小説を通して伝えたいことがあるんだという思いは、この作家の強みとなることだろう。既に受賞後第一作となる短編「プカプカ島」は発表済み(「メフィスト」VOL.17初出、アンソロジー『最後の一行 black』収録)。現在は、新たな長編小説を構想中だ。
「現代ものになる予定で、題材の一つはピアノです。楽譜って、歴史的に受け継がれた文書でもあるんですよね。その側面に触れることで、おのずと歴史探究の要素が出てくる。お話のタイプは全く違うんですが、どこか今回の作品と繫がるものになるのかなと思っています」
市塔 承(しとう・しょう)
2005年生まれ。2025年、投稿作『女王陛下に捧ぐ、王家の宝の在処』で第66回メフィスト賞を受賞し翌年4月同作でデビュー。

