武塙麻衣子『一角通り商店街のこと』

街の地図
普段の買い物は、近所のショッピングモールで済んでしまう。肉も魚も野菜もワインも書籍もすべて一カ所で手に入る。とても便利。便利で少し味気ない。
約一年かけて一角通り商店街という空想の商店街が舞台の小説を書いた。場所そのものに思い入れがあるというよりは、そこで暮らす人々の関係性に惹かれてのことだ。それぞれが自立しながらも緩やかに繋がっている世界というのが、思い返してみれば昔から好きだった。困ったときには手を差し伸べるけれど、必要以上には踏み込まない。大事なのは、それぞれがきちんと自分の家なり部屋なりを持っていてそれぞれの好みにしつらえた中で気分良くひとりで暮らしていること。その上で、朝に外で顔を合わせれば挨拶をし、午後の道ばたで他愛ない話をしながらお菓子だとかとれすぎた野菜なんかを交換したりする。
子どもの頃に好きだった物語もそういう世界が多かった。たとえばA・A・ミルンの『クマのプーさん』では森の仲間たちはそれぞれ得意なことや苦手なことがあって性格もみんな違う。大事なのは、無理に相手を変えようとしないこと。ロバのイーヨーは悲観的でプーさんは少しのんびりしていて、でもお互いをお互いのままとして受け入れている。悪者との戦いや冒険もない。こうした静かな物語に触れる度、本当にこんな場所があったらいいのにと思っていた。現実世界はもっと複雑で息苦しいし残酷だ。だから私の小さな小説の中くらいは理想郷であってほしかった。親からもらった画用紙に適当に線を引き、ここが私の家、右にまがると図書館。その隣に公園があって池の向こうにカフェ。駅の近くには映画館と劇場とレストラン。素敵なファサードの商店街。そんな地図を子どもの頃は飽きもせずひとりでよく描いた。理想の街の散歩コースを考えては何時間でも遊んでいた。
そんなわけで私にとっての一角通り商店街は、憧れの詰まった商店街であるとともに、人との繋がりを深める場所でもある。人々が暮らしていることの確かな手触りを感じたかったので、便利さや効率が優先される今の時代だからこそ、主人公の大学生雄士にはぽんと放り込まれた新しい環境で、お互いの名前を呼び合い、季節の話をし、どうでもいいことで笑い合う関係を一からゆっくり築いてほしかった。この小説を書いている間、私は雄士を通して一角通り商店街の人々と約一年間を共に過ごし、それはとても贅沢な時間だった。現実には存在しないというのにすっかり私にとって懐かしい場所のひとつとなった一角通り商店街は、物語を書き上げた今もまだ新しい誰かを受け入れて日々を紡いでいるに違いない。
武塙麻衣子(たけはな・まいこ)
1980年神奈川県生まれ。立教大学文学部卒業。著書に、エッセイ集『酒場の君』『西高東低マンション』など。『一角通り商店街のこと』は初小説となる。


