真下みことさん『バリキャリの子』*PickUPインタビュー*

真下みことさん『バリキャリの子』*PickUPインタビュー*
 メフィスト賞受賞作『#柚莉愛とかくれんぼ』でデビューしたのち、ミステリに限らずさまざまな人間模様を描いてきた真下みことさん。新作『バリキャリの子』で描くのは、キャリアウーマンの母を持つ女性の婚活。そこから彼女が見出していくものとは──。
取材・文=瀧井朝世 撮影=浅野剛

 育った環境はその人の家族観や仕事観に少なからず影響を与えるもの。例えば真下みことさんは、幼い頃からキャリアウーマンの母の姿を見ていたため、大人になって働くのは当然と受け止めていた。

「小中学生の頃、友達と将来の話になって、私が〝結婚した後も働きたい〟と言って友達から〝え、なんで働きたいの?〟と訊かれることは結構ありました。自分でも〝なんでかな?〟と思ったりして(笑)。そういうところで母に影響を受けていたんだなと思います」 

 新作『バリキャリの子』は、真下さんと同じようにキャリアウーマンの母を持つ女性が主人公。彼女が婚活を通して母との関係を見つめ直す物語である。

 執筆のきっかけは、親しくしている女性作家の言葉だった。

「1年半ほど前、今回帯コメントをくださった朱野帰子さんとお茶をご一緒した時に、私の母の話になったんです。バリキャリの母にこんなふうに育てられたという話をしていたら、朱野さんが私の母のことを、〝まるで自分のようだ〟とおっしゃってくださって。〝真下さん、その話面白いから小説にしたほうがいいわよ〟って。〝タイトルは『バリキャリの子』でどう?〟と、タイトルまで考えてくださったんです(笑)。自分でもどうすれば面白い話になるか考えて、婚活を絡めればいろんなことが描けると思いました」

真下みことさん

 執筆前に、自身の母親にも伝えた。

「『バリキャリの子』という話でお母さんのことを書いてもいいか、と訊いたら〝なんでも書きなさい〟と言ってくれました。すごく心強かったです」

 主人公の子供時代のエピソードは真下さんの実体験が多く盛り込まれるが、もちろん創作部分もある。

「うちの母は外資系の在宅コンサルタントで、ほぼ家で仕事をしていたんです。なので私は保育園にも学童保育にも行きませんでしたが、母のそういう働き方はコロナ禍前は一般的ではなかったので、ピンとこない方が多い気がして。それで、主人公の母親はフル出社のバリキャリという設定にしました。母親がいつもパソコンを見ていて、話しかけると〝ちょっと待ってね〟と言われてずっと待たされる、というのは私の実体験です。ただ、そういうことについて私は寂しかったと口にできたんですが、同じような状況でも寂しいと言えなかった人もいるだろうなと思って。そういう人が、それを言えるようになる物語にできたらいいなと思いました」

 キャリアウーマンの母親のもとで育った田口理佳子は、理系の大学院を修了し、化学メーカーの研究所に勤務する27歳。彼女は周囲の結婚ラッシュに煽られて、婚活しようと思い立つ。

「理佳子は自分にとって、なりたかった人物像みたいなところがあります。私も理系の出身で、研究者への憧れはあったんです。でも細かい作業が苦手で実験の少ない学科に入ったので、その時点で研究者への道はほぼ閉ざされていた状況でした。それと、理佳子はくよくよ悩まない人ですが、私は小さなことでいつまでもウジウジして、考え始めたら止まらなくなってしまう。今回、自分の嫌なところや理系出身であることを活かせていない現状を忘れながら書くことができて、すごく楽しかったです(笑)」

真下みことさん

 毎日ラジオ体操を欠かさず、食事はスーパーの惣菜やプロテインバーですませ、職場では日々研究にいそしみ、職場の同期はきっぱり恋愛や結婚の対象から外すなど、理佳子は真面目で、効率的に物事をとらえている印象。婚活のために始めるマッチングアプリも、まるで研究に取り組むかのように、トライ&エラーの姿勢で活用していく。

「婚活をしている友達から、マッチングアプリは品定めされているようで結構しんどいと聞くこともあります。結果的に合理的な理佳子は婚活に向いた性格だったなと思いました」

 27歳という年齢設定にはどのような思いがあったのか。

「自分の体感として、25歳と27歳の時に周囲に結婚ラッシュがあったんです。当時はインスタを見ると毎日誰かの結婚式の様子が流れてきました。29歳の今は第一子が生まれるラッシュで、毎日誰かの赤ちゃんの写真が流れてきます(笑)。なので、婚活を考え始める年齢として27歳は妥当かな、と。ただ、周囲を見ていると、最近は早くに結婚する人と、まったく結婚する気がない人に二極化している気もします。もちろんこの先どうなるか分からないんですけれど」

 執筆のために、マッチングアプリも使用してみたという。

「使ってみないと分からないものが絶対にあるのでやってました。使ってみていちばん感じたのは、最初に会うまでが大変だということ。会ったことのない、好感度ゼロの状態の人とメッセージのやりとりだけで好感度を高めていって、会いたくなるくらい興味を持たれるのって難しいですよね。ちょうどその頃、大河ドラマの『光る君へ』にはまっていたので、テキストのやりとりって和歌のやりとりみたいだなと思っていました。結局私は、一度も誰とも会うことのないままやめました」

 理佳子は話題の選び方などをAIに相談しながら話を進め、数人の男性と会うところまでこぎつける。

「やりとりのまどろっこしさを描いていると読者の方には退屈だろうなと思い、そこはAIにアドバイスをもらうことにして、過程をショートカットしてもらいました」

 アプリを介して出会う男性たちのタイプはさまざま。結婚を前提としているだけに、彼らとの会話は結婚観、仕事観、人生観が垣間見えるものだ。そのやりとりを通して、理佳子は自分が育った環境や、母親の子育てについて振り返ることとなる。

「男性たちは、ぎりぎり実際にいそうな人であること、エンタメとしても成り立つこと、理佳子の母親の思い出を引き出せる人であることを考えました。婚活をしている友人から話を聞いて了承を得て、個人が特定されないようにアレンジして書いたところもあります。理佳子と母親との思い出に関しては、朱野さんにお話しした時に面白がってもらえたエピソードなどから選びました」

真下みことさん

 男性たちとの会話を機に理佳子が思い出す、少女時代の経験が面白い。相手が STEAM教育に言及した時は、母親に毎週末のように科学実験教室に連れていかれた思い出を、相手に「子どもも自然の中で育てたい」と言われた時は、弟と二人でケニアのキャンプツアーに行った思い出を、英語教育の話題になった時は、中学1年生の時にアメリカに1ヶ月ホームステイした思い出を……。それを聞いた時の男性たちの反応もさまざまで興味深い。そんな会話の中で、男性たちが家事や家計の分担について、子育てについて、女性の仕事や立場について、どのように考えているのかも見えてくる。つまり本書を読めば婚活の際のチェックポイントが分かるともいえるかも。

 婚活に甘いロマンはないかもしれないが、非常に現実的で合理的でもあることも認識させられる。

「最近はSNSの影響もあるのか、結婚した先が結構見えますよね。誰かの夫に対する愚痴が流れてきたりして、〝結婚してめでたしめでたし〟ではなく、〝どんなに好きでも条件が合わない人との結婚は難しいよね〟という共通認識が強まっている。私の周りでマッチングアプリでの結婚が増えているのも、そういうことの結果かなと感じます」

 理佳子も、誰かと会うたびに気づきを得ていく。

「たとえば、専業主婦になってほしいと考える男性とは合わないんだなと気づいたり、触られて嫌悪感を覚える相手とは結婚できないよね、と気づいたり。婚活を通しての、理佳子のステップアップも考えました」

真下みことさん

 そして母親との関係についても、彼女は改めて検証していくことになる。

「理佳子は婚活をしていなかったら、母親との関係も見直せなかったし、子供の頃の自分が寂しかったんだと気づけなかったと思う。受けたダメージに気づいていないというのは遅効性の毒みたいなもので、いつか何かしらの影響が出てきてしまう。理佳子も、もし寂しさに気づかないままでいたら、この先自分の子供に同じことをしたり、そもそも家庭というものにいいイメージを持てなかったかもしれない。だから婚活をした時間は、理佳子にとって必要なものだったと思います」

 やがて理佳子は自身の母親と向き合う。そこで母娘が交わす言葉とは。また、理佳子の婚活がどのような形で着地点を見出すかも読みどころだ。

 本書はバリキャリを否定しているわけでもなく、かといって絶対的なものとして肯定しているわけでもない。

「大前提として、母が読んで悲しむ物語にはしたくなかったです。母から見て悲しい物語になるということは、それこそ、今働きながら子供を育てている方が読んで悲しい物語になってしまう。かといってバリキャリすごい、みたいな話にすると、今そういう母親を持って傷ついている子が読んだら、自分が除け者にされている気持ちになってしまう。どの立場の人にとっても、読んでよかったと思ってもらえるような小説を目指しました」

 というように、非常に心地のよい展開が待っている。

「これまでも私は母と娘の関係みたいなものを書いているので、たぶんこの題材が好きなんですよね。でも、これまでは母と娘が決裂する話が多かった。初期の頃、私が書くものは暗い話が多かったんです。でも今回は、私自身の心境の変化もあった気がします」

 心境の変化、というのは具体的にはどういうことか。

「最近、闇の底を知るからこそ書ける光、みたいなものがあると思うようになって。それもあり、今回はじめて母娘の二人がちゃんと向き合う場面を書けました。向き合うことによって傷つくとしても、話し合わないと分かり合えないことってある。話し合える環境にいない人でも、この小説を読むことで何かすっきりするものがあるといいなと思っています。特に今回はユーモアも交えて書いたつもりなので、明るい作品が好きな人にもお薦めできます。……次に考えているのは、また暗い話なんですけれど(苦笑)」

バリキャリの子

『バリキャリの子』
真下みこと=著
祥伝社

真下みこと(ました・みこと)
1997年生まれ。早稲田大学大学院修了。2019年『#柚莉愛とかくれんぼ』で第61回メフィスト賞を受賞し、2020年同作でデビュー。その他の著書に『茜さす日に噓を隠して』『舞璃花の鬼ごっこ』『わたしの結び目』『かごいっぱいに詰め込んで』『春はまた来る』『きみは悪口を言わない』等がある。


採れたて本!【歴史・時代小説#46】
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