◎編集者コラム◎ 『娘を呑んだ道』著/スティーナ・ジャクソン 訳/田口俊樹
◎編集者コラム◎
『娘を呑んだ道』著/スティーナ・ジャクソン 訳/田口俊樹
お待たせしました。2019年「ガラスの鍵」賞受賞作『娘を呑んだ道』(原題:Silvervägen)が、いよいよ刊行です。「ガラスの鍵」賞? ここでは、そのあたりから話をはじめましょう。
北欧5か国(ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、アイスランド)で最も優れた推理小説に贈られる文学賞──それが「ガラスの鍵」賞(Glass Key award)です。スカンジナヴィア推理作家協会によって、1992年から毎年1作、受賞作が選出されています。
これまでの受賞作をざっと振り返れば、『湿地』(アーナルデュル・インドリダソン著/2002年受賞)、『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』(スティーグ・ラーソン著/06年受賞)、『特捜部Q―Pからのメッセージ―』(ユッシ・エーズラ・オールスン著/10年受賞)、『許されざる者』(レイフ・GW・ペーション著/11年受賞)、『猟犬』(ヨルン・リーエル・ホルスト著/13年受賞)などなど、世界的ベストセラーが名を連ねています。のちに映像化されている受賞作も数多くありますね。
傑作ぞろいと評判の北欧ミステリ界にあってベスト・オブ・ベストの太鼓判、「ガラスの鍵」賞はまさに北欧ミステリ最大最高の栄誉といえます。
そんな栄誉を本作『娘を呑んだ道』で射止めたスティーナ・ジャクソン(Stina Jackson)さんは、実はこの作品がデビュー作なのです。
「ガラスの鍵」賞を受賞した2019年には、さらにスウェーデンのブック・オブ・ザ・イヤー(Swedish Årets Bok)にも選出されています。30万人を超える会員を擁するスウェーデン最大のブッククラブの投票で決まるものだそうです。この事実を、日本に(なかば無理やりにですが)置き換えてみるとどんなことなんでしょう? デビュー作で直木賞と本屋大賞をいっぺんに獲得した、くらいとてつもないことではないでしょうか。
物語は、スウェーデン北部を走る国道95号線(通称:シルヴァーロード)沿線を舞台に描かれます。首都ストックホルムから北へおよそ700キロ、北極圏に隣接するエリアで、夏になれば白夜が訪れ、冬は一面雪に覆われるような自然環境です。編集作業の合間に、私もこの国道を〝ドライブ〟してみましたが(Google のストリートビューで、ですが)、あたりは森と湖ばかりです。人家はほとんどありません。
地元で高校教師をしているレレは、3年前にこつ然と姿を消した当時17歳の一人娘の行方を捜して、いまもこの国道を車で行き来しています。同じ頃、母親とともにこの国道を通って17歳の少女メイヤが移住してきます。物語は、レレとメイヤふたりのエピソードが並行して描かれ進みます。とにかくこれがもう〝読ませる〟んですよ! どこかでなにかおそろしいことが起きているんじゃないか、という気がかりな謎もさることながら、登場人物たちの鼻腔をくすぐる匂い、肌で感じる空気の重さや湿度、たとえば靴の底で踏んだ絨毯のやわらかさやぬかるみの湿り気までも、読んでいるこちらに伝わる筆致に思えます。さすがはベスト・オブ・ベスト、「ガラスの鍵」賞受賞作というわけです。
翻訳小説ファンのみならず、深淵なる北欧ミステリの世界への入口としてもおすすめの傑作です。どうぞ、存分におたのしみください。