滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第4話 運転手付きの車②
わからなくなる人たちに振り回され、
馬車ウマのように働く自分に嫌気が差してきて⁉︎
ハーヴェイは見たところ昔と全然変わっておらず、ハーヴェイが足踏みしている間にわたしの方が追いついたみたいな感じだった。わたしとしては、短い時間の中でも、昔話を交わしたり、これまでの空白の年月を埋めたりしたかったのだけれど、ハーヴェイは、こちらの質問にはまったく受け答えしようとせず、マニラ封筒からわたしの履歴書を取り出し、「いやはや、あんたの学歴は立派なものだ」と言った。ハーヴェイに履歴書を渡していたなんて驚きだったけれど、それより本人がもう持っていない履歴書をハーヴェイがキープしていたことの方が驚きだった。なんだか面接でも受けているような気分になった。
「これぐらいの学歴があるんなら、君だって今ごろ人を使う仕事をしとらんことにはなあ。パソコンだって何だって人にやらせて、運転手付きの車に乗って好きなときに好きなところへ行けるようなマネジメント職を、さ。君だって、やっぱりこんなに立派な学歴があるんだから、人の上に立って管理する立場になりたいだろう」
いったいなぜハーヴェイがこんな話をするのか、その意図がわからなくて、ひょっとしたら仕事を手伝ってほしいのかなとも思ったけれど、一向に具体的な話は出てこなかった。ハーヴェイの訓戒を面喰(めんく)らったまま聞くうちに15分か20分かはあっと言う間に終わり、ジャネットが車のトランクから取り出してくれた山盛りのライラックにほとんど視野を遮られたまま、ウォルドルフアストリアに駆けつけるはめになった。
2度目の奇襲は、それから半月後だったか、ブレッドメーカーで焼いたばかりのクルミとクランベリー入りのパンを取り出してスライスしていた土曜の午前7時半のことで、いきなりどやどややって来た3人といっしょに朝ごはんを食べることになった。しかも、朝ごはんのあと、ハーヴェイとジャネットは、綾音さんをうちに置きみやげしていった。
ハーヴェイからは、綾音さんが日本に帰ってからも、「今からデラウェアへ来い」とか、「もう少ししたらペンシルベニアに着くから、電車に乗ってすぐに来い」とか、よく声がかかるようになった。が、いつも、いつも、いきなりだった。だから、いつも、いつも、断ってばかりだった。断ると、ハーヴェイは、「バス代ぐらい払ってやるから」とか「電車代払うから」とか言うのだけれど、そういう問題ではないのだ、こっちにだって予定がある。仮に予定がなかったとしても、車がないから、公共の交通機関に頼るしかない。したがって、電車もしくはバスのタイム・テーブルに左右され、時間的制約を受けることになる。それに、彼らは移動し続けているから、行き先がはっきりわかったためしがない。デラウェアといっても、千葉県ぐらいの大きさがある。いったい、デラウェアのどこへ行けばいいというのだ。
おかげで、いつも断ってばかりで、ハーヴェイには「付き合いが悪い」と言われるし、ジャネットからは、こんなことを言われても困るのだけれど、「お願いだから、もっと人生をフルに生きて」と言われる始末だった。
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