◉話題作、読んで観る?◉ 第48回「やがて海へと届く」
4月1日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
旅行中に東日本大震災に遭遇した体験を持つ彩瀬まるの小説を、『四月の永い夢』がモスクワ国際映画祭国際批評家連盟賞などを受賞した中川龍太郎監督が映画化。大切な人を失った女性が、喪失感を克服していく姿を描いている。
ダイニングバーで働く真奈(岸井ゆきの)は、大学時代の親友・すみれ(浜辺美波)のことが忘れられない。すみれは3年前に「海を見てくる」と旅に出たまま、行方不明となっていた。すみれの恋人・遠野(杉野遥亮)が彼女の持ち物を処分しようとするのに抵抗を感じてしまう。
大学入学時、内気な性格の真奈がサークルの勧誘に戸惑っていると、すみれが救いの手を差し伸べてくれた。美人でコミュニケーション能力の高いすみれは、真奈にとって憧れの存在だった。そんな彼女の死を、すみれは受け入れることができない。
物語の後半、すみれが残したビデオカメラの映像を、真奈は意を決して見る。そこに映っていたのは、真奈が知らないすみれの姿だった。ビデオに映るすみれは、自分に自信が持てずにいる繊細で、傷つきやすい女の子だった。
すみれがビデオカメラを持ち歩いていたという設定は、中川監督が映画化にあたって盛り込んだアイデア。一見すると器用そうなすみれだが、実はカメラがないと他人とうまく会話ができない。不器用ながら、愚直に自分の道を歩む真奈に、すみれも支えられていたことが明かされる。
真奈にとってのすみれ、すみれにとっての真奈、どちらももう一人の自分でもある。ちょっとしたことで、人生が入れ替わっていた可能性がある。原作者の彩瀬も震災時に逃げる方向を誤っていれば、すみれと同じ運命が待っていたかもしれない。
人生は想定外の出来事によって、損なわれてしまうことがある。だが、ささいな善意が積み重なり、生かされる人生もあることに真奈は気づく。
岸井ゆきの、浜辺美波、成長著しい若手女優が共演したシスターフッドムービーとして楽しめる。個性の異なる2人の、ちょっとアンバランスな組み合わせが面白い。映画とは結末が異なる原作小説、震災時の体験を彩瀬が克明に綴ったノンフィクション『暗い夜、星を数えて』も併せて読みたい。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉