今月のイチオシ本 【ミステリー小説】
葬儀社、国会議員、新興宗教の教祖、都知事、町役場の広報課etc。二〇一〇年、第四十三回メフィスト賞受賞作『キョウカンカク』(のちに『キョウカンカク 美しき夜に』改題文庫化)でデビューした天祢涼は、多くのひとが識ってはいても、その内情についてあまり知られていない職業や役職を扱った本格ミステリを得意とする作家だ。最新作『境内ではお静かに 縁結び神社の事件帖』は、タイトルからお気づきのとおり「神社のお仕事」をテーマにした連作集だ。
"自分さがし"に区切りをつけ、大学を中退した坂本壮馬は、十一歳年の離れた兄が宮司を務める、横浜元町商店街からほど近い源神社にて住み込みで働くことに。信心ゼロ、「神主」と「神職」の違いもわからない壮馬の教育係を任されたのは、十七歳の巫女──久遠雫。参拝者の前では笑顔を絶やさぬものの、普段は冷ややかな印象の謎めいた美少女だ。そんなふたりが助手と名探偵となって日常で遭遇する謎や難題を解き明かしていく。
心霊騒動と近隣住人からの苦情、端午の節句にあわせて開かれる「子ども祭り」を中止せよという怪文書、神社の移転を頑なに拒む新しく就任した宮司の説得、ある学生が抱く何者かに就職活動を邪魔されているという疑念、そして……。
採り上げる職種のユニークなチョイスに加え、連作形式を自在に使いこなす天祢涼の本格ミステリ界でも指折りの名手ぶりは本作でもいかんなく発揮されている。序盤から伏線を縦横に張り巡らせつつ、コミカルとシリアスのグラデーションでラブコメテイストの物語を彩る手際。雫に惹かれていく壮馬の心情の変化、どうしても縮まらないふたりの距離感のもどかしさ。最終話「第五帖 あなたの気持ちを知りたくて」でそれまでの数々の伏線を見事に活かし、ついに明らかにされる雫の冷ややかさの深い理由とまさかのサプライズ。そして謎解きのあとに披露される、もうひとつの推理を受けての心憎いラストの演出に至るまで、読者を選ばない面白さがたっぷりと詰まった一冊だ。そう遠くないうちに続編が刊行されることを切に願う。