今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『森瑤子の帽子』
島﨑今日子
幻冬舎

 森瑤子さんには忘れられない記憶がある。バブル華やかなりし頃、北方謙三氏の秘書だった私は、大きな文学賞のパーティ会場でボスから少し離れた場所にいた。様々な作家や関係者が引きも切らず挨拶に来る中、ひときわ華やかだったのは山村美紗さん。だが、存在感があったのはスタイリッシュな森瑤子さんだったのだ。フラッとやってきてさりげなく腕を組むさまはとてもエレガント。こんな風になりたいと憧れる女性であった。

 1993年7月、逝去の報が入る。享年52。ゴージャスでインターナショナルなアーバンライフをおくる女性として不動の人気を持つ、この作家の早世を惜しむ声は大きかった。

 本書は38歳でデビューし約15年の作家生活を駆け抜けた人気小説家を、家族や仕事仲間、友人たちの証言を得て丸裸にした短編小説集のような評伝である。

 本名、伊藤雅代は終戦後、6歳半からヴァイオリンを叩き込まれ東京藝大器楽科に入学したが、自分の才能のなさに気づき音楽の道からドロップアウトする。大きな失恋の後に23歳で出会ったハンサムなイギリス人アイヴァン・ブラッキンと結婚。夫にあわせて寝返りを打つような貞淑な妻であり、三人の娘の母となった雅代は、徐々に不満を溜めこんでいく。

 37歳で書き上げた『情事』は第二回すばる文学賞を受賞し、文壇へデビューを果たした。

 冒頭の「グラマラスな小説家」で語られる山田詠美の森瑤子評が、小説好きな女性たちが憧れた"森瑤子"の最大公約数的な見方だろう。ハンサム・ウーマンとしてセルフプロデュースしていた森瑤子には、これだけの苦悩があったことをこの評伝で初めて知った。

 醜聞、艶聞には事欠かず母親失格だと苦しんだ森だが、三人の娘たちはしっかりとした倫理感を持ち、豊かなアートライフを身につけていた。

 終生一人の男が彼女の心に住み着いていたこと、書くことに対する欲望を抑えきれなかったこと、それでも愛すべき女性だったと本書は語る。真っ赤な口紅でほほ笑む森瑤子さんが懐かしい。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2019年6月号掲載〉
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