週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.41 丸善お茶の水店 沢田史郎さん
『生者のポエトリー』
岩井圭也
集英社
都会でもなく田舎でもない、どこにでもありそうな地方都市。その街でほんの一瞬袖振り合うのは、一見フツーの老若男女。6つの短編の6人の主人公たちを善人か悪人かで分ければ、悪人は一人もいないだろう。けれど皆々不器用で、自分の気持ちを上手く相手に伝えられない。だから、不満や反論をつい飲み込んでしまう。自然、我慢したり譲歩したりが多くなる。
そんな彼らが、〈詩〉と出合う。そして、思い出す。言いたいことや分かって貰いたいことが、自分にだってあるということを。
日記代わりに手帳に書き継いできた拙い詩、駅前のコンコースで見知らぬ若者が熱唱していた詩、子どもが乏しい語彙で思いの丈を綴った詩……etc。それらの言葉が彼らの心を揺らす。表面張力でギリギリまで張り詰めたコップの水が、僅かな揺れでこぼれるように、6人の思いは胸の奥から溢れ出す。溜めていたもの、堪えていた感情が、言葉となって迸る。
《でも、僕には感情がある。怒りも悲しみも喜びもある。命のないマネキンじゃない。心臓は動いている。それをわからせる。楽しいおしゃべりなんて望んでいない。自分の言葉を、自分の思うように語ることができればそれでいい》
《俺の声で、俺の言葉を伝えたい。未熟でも不器用でも、真実の詩を歌いたい》
《街に流れる詩を耳にするたび、身体の内側が言葉で満たされていくようだった。今、体内には行き場のない言葉たちがいっぱいに詰まっている》
こんな自分にも、伝えたいことがある。そう気付いた6人は、封じ込めていた感情を解き放つ。自分の言葉を帆にして、自分の声を舵にして、コミュニケーションの大海に向けて船出する。
といった連作短編だが、実は肝心なことは他にあるんじゃないか、という気がしている。
《メッセージを届ける、なんて気取った言い方じゃなくていい。ただ、意味を持った言葉を口にして、それを受け取ってもらう。そこからはじまるんじゃないか》
《声に出して、誰かに伝えることがスタート地点だ。どうすればかっこいいとか、人気が出るとか、そんなことは後から考えればいい》
《余計なことは口にしないのが信条だった。しかし沈黙を尊ぶあまり、何か大事なものまで見落としてきたのかもしれない。相手に理解されなくても、呆れられても、声に出さなければならないことがきっとある》
思うに、〈詩〉は、たまたま彼らの傍にあっただだけなのではないか? それが小説だったりエッセイだったり、或いは落語だったり短歌だったりしても、問題無かったのではないか? 要は、自分の気持ちを自分の言葉で懸命に伝えようとする姿。その尊さと気高さ。そこにこそ、僕は心を動かされたのだ。そして、自分も負けずにやってみようなどと、恥ずかしげも無く決意したくなったりしてしまったのだ。
まさにそこだと思うのだ、この小説の一番の読みどころは。
とは言え、である。これは僕の勝手な読み方で、作者の意図に合致しているかどうかは保証の限りではないということも、最後にそっと言い添えておく。
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(2022年5月6日)