週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.58 啓文社西条店 三島政幸さん
『最後の鑑定人』
岩井圭也
KADOKAWA
「科学は嘘をつかない。嘘をつくのは、いつだって人間です」
警察に協力する民間の鑑定人、土門誠の台詞だ(「遺された痕」より)。
ややぶっきらぼうに見えるが、科学捜査には真摯に取り組む。自らの鑑定結果には絶対的な自信を持ち、裁判での証言も積極的に行う。土門にとって、事件の内容や真相は二の次で、科学鑑定の結果が絶対なのだ。
科学第一が信条の土門の名言はほかにもある。
「鑑定人なら、科学を裏切るような真似をしていけない」(「愚者の炎」より)
「被疑者の動機に、正しいも間違っているもありません。あるのは、罪を犯したという事実だけです」(「死人に訊け」より)
そんな土門誠の鑑定によって、事件を解決していく連作短編集が『最後の鑑定人』である。
『最後の鑑定人』収録の各作品の構成には大きな特徴がある。
それぞれ、事件が発生し、警察が土門に鑑定を依頼、その結果から事件の真相に辿り着く。
事件が解決すれば小説は終わりになるのが普通なのだが、このあと、犯人による回想シーンが、かなり長めに描かれる。その事件を起こすに至った已むに已まれぬ事情がここで明かされていくのだ。普通のミステリがサラッと書くようなシーンをたっぷり描くことで、犯行の動機に説得力を持たせ、人間ドラマをより浮き彫りにしている。土門誠が事件に対してクールに対峙するのとは対照的だ。
しかし、そんな土門も一人の人間である。最終話「風化した夜」では、土門の過去の事件にスポットが当てられる。元々、科捜研にいた土門であったが、ある事件をきっかけに科捜研を辞め、民間の鑑定所を開設したのだ。その事件を通じて、土門誠の人間性が明らかになっていくのだ。
「風化した夜」のラスト近くでもまた、土門誠の重要な台詞が登場する。
「私たちは、白でも黒でもない。どこまでもグレーな存在です。だからこそ、科学に頼りたくなるんじゃないですか」
『最後の鑑定人』は、科学捜査の冷徹さと、人間ドラマの複雑さと温かみ、その両面を存分に楽しめるミステリなのである。
岩井圭也さんは、2018年、数学者の孤独を描いた『永遠についての証明』(角川文庫)でデビュー。その後、作品ごとに全く違った世界を描き、着実にファンを増やしてきた。
特にここ1、2年の活躍は目まぐるしいものがある。2021年には、中国返還直前の独特の雰囲気の香港を舞台にした青春小説『水よ踊れ!』(新潮社)を出したかと思えば、『この世が明ければ』(双葉社)では北海道の季節労働バイトに集まった6人の男女の秘密が、一人の死をきっかけに次々に明かされていくサスペンスを描き切った。
2022年は、水銀鉱山の集落で生まれた人々の年代記『竜血の山』(中央公論新社)、鬱屈した日々を送る人々が「詩」をきっかけに自らの殻を破っていく『生者のポエトリー』(集英社)と意欲作を立て続けに発表。そして最新作が『最後の鑑定人』で、さらにこのあと、子ども担当の弁護士である「付添人」を主人公にした『付き添うひと』(ポプラ社 9月予定)の発売も控えている。実に精力的な執筆活動だ。
いま私が最も注目している作家のひとりが岩井圭也さんだ。さらなる活躍に期待したい。