採れたて本!【評論#02】
本書は、現在の文化産業におけるコンテンツの「発信側」と「受信側」の認識落差の深みを可視化したことで大反響を呼んだウェブコラム記事を大幅加筆したものだ。ファスト映画に象徴される「粗筋と見所まとめ」じみたマニュアル的存在の優先的受容を「情報過多時代に観客が生き抜くための一種の必然であり、そこに旧来の本来的な、というか低効率な【作品鑑賞】姿勢が復活する可能性は低い」とみた上で、クリエイター側の姿勢として「あらゆるタイプの観客に隙なく対応できる多面・多層性を備えたコンテンツで勝負するしかない」と結論づける流れは、人によって極論に感じるかもしれないが、無視できない蓋然性がある。
著者は、ラノベを取り巻く業界構造を「ファスト化した文芸」の具体例と見做す。伝統的な作家性が希薄化する一方で、物語構造が「快・不快」の時流ニーズに基づく交換可能な要素とその組み合わせに還元され、それで市場が成立・完結してしまうのだ、という見解。
これは「作品鑑賞」を期待されたものが「情報消費」で終わっている、という意味で旧来的な読書人に負のインパクトを与える(そしてイマドキ的なネット民の冷笑を呼ぶ)話だが、実際にはその中間形態がいろいろと存在し、各レイヤー間にて知的暗闘が日々繰り広げられている実感がある。
本書で著者も指摘している通り、ファスト的観客・読者には「高度な読み解き」を敵視する傾向がある。逆に言えば、読解力不足な「読書愛」の正当化と承認の欲求が存在し、ネット化によってその大きさと「同志」の多さが驚くほどに可視化された面がある。そして、このパワーのかなりの分量が、文化的な既得権層と目される、前世紀の読書文化とその権威性へのアンチテーゼ的なムーヴメントに合流している印象がある。
それは、たとえば芥川賞・直木賞に対する本屋大賞の盛り上がりの一端を担っていたりするわけで、QJWeb 上で恒例行事的に行っている杉江松恋氏との芥川賞・直木賞の事前予測対談で浮上することが多いテーマでもあったりする。ちなみに、結果的に私がアンチテーゼ側の肩を持つことが多いのだが、決してズブズブに肩入れしているわけではない。このへんの心理的機微は難しい。
と、そんな感じで本書には間接的な面も含め、現代の「作品鑑賞・消費」市場のリアリティを再考するための材料が満載なので、作家・ライター・編集者・読者の皆様オール必読と言っていい気がする。主張に多少のクドさと重複感はあるが、そこは敢えて気にせぬことで。
『映画を早送りで観る人たち
ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』
稲田豊史
光文社新書
〈「STORY BOX」2022年9月号掲載〉