採れたて本!【国内ミステリ#06】

採れたて本!【国内ミステリ】

 ミステリファンであれば「クローズドサークル」という言葉はお馴染みだろう。吹雪で孤立した山荘や嵐で陸地と連絡が取れなくなった孤島などの閉鎖空間で殺人事件が起こり、限定された登場人物の中にその犯人がいる……というシチュエーションである。古くはエラリー・クイーン『シャム双子の秘密』やアガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』が有名だし、新本格の時代なら綾辻行人『十角館の殺人』や有栖川有栖『双頭の悪魔』、近年なら今村昌弘『屍人荘の殺人』あたりが代表格ということになる。夕木春央の第三長篇『方舟』もこの系譜に属する本格ミステリだが、作中のクローズドサークルはちょっと類例が思い浮かばないユニークなものだ。

 システムエンジニアの越野柊一は、従兄や大学時代のサークル仲間たちとともに山奥の地下建築に出かけた。過激派や宗教団体が使っていたと推測され、中には何故か拷問器具がある広大で不気味な空間である。そこに道に迷ったという三人家族もやってきて、合計十人で泊まることになった。ところが翌日、地震が起きて出入口は岩で塞がれ、浸水によって地下三階に溜まった水が増え、数日で地下建築全体の水没は避けられなくなった。携帯電話は圏外なので救援も呼べない。そんな最悪の事態にとどめを刺すように、一人が他殺死体となって発見された。

 さて、本書のクローズドサークルのユニークな点とは何か。実は、この地下建築から脱出する方法はあるのだが、そのためには被害者を除く九人のうち一人が死ぬ必要があるのだ。八人を生かすために犠牲になる一人をどうやって選ぶのか──そう、殺人者にその役目を負わせればいいのである。

 かくして犯人探しが始まるのだが、真犯人にしてみれば自分の命がかかっているし、無辜の人間は疑いをかけられて死ぬのは真っ平御免なので、推理合戦は熾烈を極めた駆け引きとなってゆく。著者は犯人探しの興味に、非常時において自分が助かるため誰かを犠牲にすることは許されるのかという「カルネアデスの舟板」的な倫理的問いを絡ませることで、クローズドサークルならではのサスペンスを最大限にまで盛り上げている。そしてラストに待ち受けている逆転劇は、ちょっと忘れ難いほど衝撃的である。

 著者は第六十回メフィスト賞を『絞首商會』で受賞し、第二作『サーカスから来た執達吏』で腕を上げたが、それまでとは作風が異なる本書で更に高い評価を集めたことになる。次にどんな作風を披露するか、全く予想がつかないところがスリリングな新鋭である。

方舟

『方舟』
夕木春央
講談社

〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉

◎編集者コラム◎ 『教場X 刑事指導官・風間公親』長岡弘樹
【著者インタビュー】なぎら健壱『アロハで酒場へ なぎら式70歳から始める「年不相応」生活のススメ』/現在の心境や50年に亘る来し方を綴る最新エッセイ集