週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.84 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん

女二人のニューギニア

『女二人のニューギニア』
有吉佐和子
河出文庫

 亡くなってから40年近く経つ今も、新たな読者を獲得し続けている大作家の復刊である。有吉佐和子作品のすべてを読み尽くしたとまでは言えないものの、タイトルくらいは全部知っているはず……と思っていたのだが、この本については完全にノーマークだった。長年のファンとしてそのことがちょっと悔しく、早速発売日に入手した。紀行エッセイなのでゆっくりと楽しもうかと思っていたが、すぐにそんな余裕はなくなった。迫り来る生命の危機。コントのような会話。そのコントラストが、衝撃的に面白いのである。

 舞台は、1968年のニューギニアだ。友人で人類学者の畑中幸子氏は、そこでフィールドワークをしている。「ほんまにええとこやで。あんた来てみない?」と軽いノリで誘われ、インドネシアの取材の帰りに立ち寄ることにしたのだ。「地図で見ればほんの5センチの距離」という気安さで行くことを決めたのだが、想定していた観光旅行とは、ほど遠い試練が待ち受けていた。

 まずは宿泊する予定の畑中さんの家までが地獄の苦行なのである。ボロボロの小さなセスナで降り立った場所から、3日間も徒歩だと言う。歩くのは舗装された遊歩道ではなく、キノコやハッパも食いついてくるジャングルである。着用していたジーパンはビリビリになり、全身は痛み、足の爪は剥がれる。ようやく辿り着いた家の周囲には、畑中さんの研究対象であるシシミン族が住んでいるのだが、挨拶にやってきた首長は、草の束を前にぶら下げている以外は裸である。でもって、なんと敵を28人も撃ち殺した男だと言う。そのこと自体も驚愕……と言うより恐怖だが、それをあっさりと説明する畑中さんって!ていうか、そこにお茶会にでも招くように友達を呼ぶ畑中さんって! 度肝を抜かれてしまった。

 1週間の予定でやってきたものの、足が治るまでは帰ることすらできない。研究生活を続ける畑中さんのために少しでも役に立とうと、日頃は家庭的とは言い難い暮らしぶりの人気作家が、畑仕事をしたり、料理を工夫したり、シシミン族にプレゼントするパンツを縫ったりする様子がいじらしい。畑中さんは、日本にいる時は小柄で礼儀正しい女性なのに、この地ではシシミン族の人々を相手に乱暴な関西弁で怒鳴っている。女は野豚3頭と交換されるほど地位が低い場所だから、そのくらい強気な態度でないとやっていけないのだ。異文化の強烈な洗礼、環境によって変化する自分達のキャラクター、現地の人々との緊張感と脱力感が両方ある交流……。友情と尊敬を持ち合う者同士だからこその、直球を投げ合うようなさばけた会話を通して、ユーモラスに描かれていく。

 その後、なんとか帰国した著者は、マラリアに罹患し生死の境目を彷徨う。そんな状況でも作家としての好奇心を存分に発揮しつつ、ユーモアもバッチリねじこんでくる著者のことが、あらためて好きになってしまった。遺された作品を再読しまくりたいという意欲に燃えている。

 

あわせて読みたい本

有吉佐和子の本棚

『有吉佐和子の本棚
有吉佐和子
河出書房新社

 単行本未収録の日記、エッセイや脚本、自筆原稿や大切にしていた私物、蔵書の写真を見ることができる、ファンにとってはたまらない1冊です。17歳の時の読書ノートがすごい! 栴檀は双葉より芳しと言いますが、迫力のある文章と批評眼、読書に対する熱意は、常人離れしています。日記には「来年の二月には、私もニューギニアへ」という記述が。大変な目にあうから気をつけて……と思わずつぶやいてしまいました。

 

おすすめの小学館文庫

わたくしが旅から学んだこと

『わたくしが旅から学んだこと』
兼高かおる
小学館文庫

 子どもの頃、人気紀行番組だった『兼高かおる世界の旅』を楽しみにしていました。上品な語り口とどこに行っても堂々とした振る舞いに、憧れた人は多いのではないでしょうか。世界中を旅する稀有な人生を送った著者の言葉には、はっとするような新しさと知恵があります。「人は平等ではありません。だからこそ、それぞれが異なるよさと欠点を持っているのです」という言葉が、心に残りました。

 

『宙ごはん』町田そのこ/著▷「2023年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
『月の立つ林で』青山美智子/著▷「2023年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR