「スチームパンク小説」の自由すぎるレトロ未来を探る

レトロフューチャー感が魅力のSFジャンル「スチームパンク」。その人気の理由はどんなところにあるのでしょうか? ジャンルの説明を含め、「スチームパンクあるある」を一挙ご紹介!

「SF(サイエンスフィクション)」といえば、小説・映画・漫画のどれをとっても不動の人気を誇るジャンルですが、そんなSFの中でも人気の高い「スチームパンク」というサブジャンルが存在していることをご存知でしょうか。

スチームパンクはその名の通り、スチーム(蒸気機関)を主な動力源とした設定、イギリスのヴィクトリア朝と呼ばれる時代の雰囲気を持っている点が大きな特徴です。

古くよりスチームパンクは映画や小説などに大きな影響を与えてきましたが、日本のカルチャーにおいてもスチームパンクの世界観を活かした作品が数々生まれています。その代表作として大友克洋監督が手がけたアニメ映画「スチームボーイ」、2016年に放送されたテレビアニメ「甲鉄城のカバネリ」は、スチームパンク好きはもちろん、そうでない人からも大きな注目を集めました。

しかし、スチームパンクという呼称自体は時代を経るにつれて定義が曖昧になっていることも事実です。今となっては本来の定義とは大きく外れる作品であっても、「それっぽい」という理由からスチームパンクにカテゴライズされることも珍しくありません。

今回はそんなスチームパンクの世界を、作品によく見られる傾向から読み解きます。

 

キーワードは「過去から想像した未来」?スチームパンクの起源に迫る。

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そもそも、「スチームパンク」という言葉はいつ生まれたのでしょうか?

その答えは、1980年代、様々なSF作家がヴィクトリア朝を舞台にしたSF小説を書いていた頃にあります。SF作家のK.W.ジーターもその1人でしたが、彼は1987年にSF雑誌「ローカス」に掲載された手紙のなかで、以下のように書いています。

 

個人的には、僕らが書いているようなイカれた歴史のヴィクトリア朝ファンタジーを上手く言い表わせる言葉があればすごくいいなと思います。その時代にふさわしいテクノロジーを表す名前を適当に使えばいいのか……例えば、スチームパンクとか?

 

実は、スチームパンクは既にあった別ジャンル「サイバーパンク」をもじって派生した言葉だったのです。このサイバーパンクとはテレビアニメ「攻殻機動隊」や映画「ブレードランナー」が代表的な作品であり、「人体や意識を機械的、生物工学的に拡張したために個人が国家に取り込まれた状況において、主人公がその体制に反対(パンク)する」という定義を持っています。しかし、スチームパンクはあくまでも「歴史改変」に重きを置いており、社会風刺の要素はありません。

当初こそスチームパンクは、サイバーパンクをそのまま19世紀へ舞台を移動させたジャンルではありましたが、やがて「人々が徹底的な管理下にあるディストピア要素」が薄れると同時に、独自の世界観を確立していきます。その世界観とは、「蒸気機関がメインの動力源であり続ける未来」というもの。一般的に、SFの題材となる未来といえば「現在から想像した未来」ですが、スチームパンクが題材とするのは、過去の要素を併せ持った未来」なのであり、人々はスチームパンクが持つ、「レトロフューチャー感」に魅了されているのです。

 

これさえ押さえておけば間違いない? スチームパンクあるある3選

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続いて、スチームパンク作品に共通している要素から「スチームパンクあるある」を3つ紹介します。

 

あるあるその1. 「リアルな科学史を無視しがち」

先述した通り、スチームパンクの要素の1つは「歴史改変」にあります。スチームパンクの舞台となる19世紀末のイギリスはヴィクトリア朝時代にあり、産業革命によって絶頂期を迎えていました。蒸気機関の発展がイギリスの産業を大きく変えた当時、人々は「これだけの変化を起こしたのだから、蒸気機関はこれからの未来ではもっと発展するに違いない」と期待していたのです。

しかし実際には石油・石炭を燃やしてエネルギーを得る内燃機関の発明をきっかけに、蒸気機関は衰退の一途を辿ります。さらに電気によるエネルギーも発展していったため、リアルな世界はますますスチームパンクの世界とは遠くなっています。

そんな現実との乖離が日に日に大きくなっているスチームパンクを語るうえで欠かせない作品といえば、ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共作である『ディファレンス・エンジン』です。

この作品では実在するイギリスの数学者、チャールズ・バベッジが考案した計算機、階差機関(difference engine)が完成していたという歴史改変が行われています。これに付随して蒸気で動くコンピューターも約1世紀早く実現、産業革命と情報革命が起こった19世紀のイギリスが舞台となっているのです。『ディファレンス・エンジン』は蒸気を動力とするコンピューターにより情報化されたヴィクトリア朝を描いていることから「サイバーパンク」でもあると考えられていますが、蒸気を動力とするガジェットが登場するスチームパンクとしても見られているなど、両方の要素を併せ持っています。
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出典:http://amzn.asia/bvCrCRc

その他にも作中では様々な「もしも」が描かれています。アメリカは南北戦争をきっかけに複数の国家に分裂し、日本は英国艦隊による黒船来航で開国。イギリスでは詩人のバイロンが首相となり、その娘にしてバベッジの弟子であるエイダ・ラブレスは「機関の女王」と呼ばれ、カリスマ的な人気を集めています。このエイダ・ラブレスもまた実在する人物であり、バベッジに協力してプログラムを作成したことから世界初のプログラマーとも言われています。

このように実在する人物を登場させながら、実際はたどらなかった世界を描く『ディファレンス・エンジン』。現実と虚構の違い(difference)を探すこともまた、作品を楽しむうえで見逃せないポイントです。

 

あるあるその2. 「レトロな衣装にゴーグル合わせがち」

近年では、生活の一部にスチームパンクを取り入れようとする人たちも増加しています。スチームパンクファッションに細かい定義はありませんが、19世紀に流行したファッションに、最先端のテクノロジーを表す小道具を合わせるのが基本的なスタイルです。

まず、スチームパンクが好むヴィクトリア朝ファッションとして、「コルセット」が挙げられます。細くくびれたウエストに憧れていた女性たちは、小間使いに後ろから紐を引っ張ってもらってまでコルセットを着用していました。そうした美的な要素の他にも、その拘束感から「家庭の天使」というヴィクトリア朝的価値観を体現していたアイテムでもあるコルセットが、スチームパンク的なハチャメチャな世界観との間に生むギャップもまた、ファンを喜ばせているのかもしれません。

さらに、スチームパンク世界で最先端のテクノロジーを象徴するアイテムの1つ、「ゴーグル」に注目してみましょう。1852年に蒸気機関で駆動する飛行船の試験飛行に成功したこともあり、19世紀の人々にとって飛行船は最先端の乗り物でした。それに伴い、スチームパンクのファッションでは飛行士をイメージさせるゴーグルが用いられています。

 

aym.kさん(@are.you.me.k)が投稿した写真

そしてこういったスチームパンクファッションを楽しむ人たちは各々自慢の品を手作りした衣装に身を包み、スチームパンクイベントに参加しています。昨今ではヴィクトリア朝ファッションだけでなく、和服や民族衣装をベースにした衣装を創作する人も。スチームパンクファッションは新たな可能性を秘めているものでもあるのです。

 

leaf*さん(@atelier_leaf)が投稿した写真

 

ファッションとして身につけるスチームパンクも、「レトロ」と「フューチャー」が融合する遊び心を取り入れていることから独特の雰囲気を持っています。

 

あるあるその3. 「死者蘇らせがち」

19世紀半ばから20世紀初頭のイギリスでは、「人間は死によって肉体が消滅しても、霊魂は残るため生者と交信できる」という「心霊主義」が信じられていました。降霊術の1つ、テーブルターニングは後に日本へ伝わった際にコックリさんとしてアレンジされているなど、日本にもこの「心霊主義」は大きな影響を与えています。

スチームパンクにおいても、この心霊やオカルト要素を取り入れられている作品は少なくありません。ジェイムズ・P・ブレイロックの『ホムンクルス』には死体を蘇らせる錬金術師が登場しているほか、アニメーション映画にもなった伊藤計劃けいかくの『屍者の帝国』では死体の蘇生技術が発展したという設定が用いられています。

 

セワードがインストーラのカードリーダに一連のパンチカードをセットし始めた。パンチカードの中身は、ケンブリッジの霊素解析研究所で策定されたバージョンだと言われている。繰り返し繰り返し解析機関で霊素の振る舞いをシミュレーションした結果作られたバージョンだ。カードのセットが終わり、ヘルシング教授がインストーラの側面にあるレバーを下げると、パンチカードに記述された霊素モデルが読み取られ、ルクランシェ電池からの電流刺激によって頭蓋骨に突き刺さった針から脳組織に書き込まれていった。
(中略)目の前で、わたしたちの目の前で死者が蘇った。
平然と、それが自然の摂理だと言わんばかりの当然顏で。

『屍者の帝国』

『屍者の帝国』は死者の肉体に魂の代わりとなる霊素をインストールし、労働力や武力として活用することが当たり前となった架空の世界が舞台になっています。主人公のワトソンは諜報員として人造生命の秘密が記された「ヴィクターの手記」をめぐって世界中を旅する物語ですが、ここでもスチームパンク特有の特徴である「歴史改変」が行われています。

それも、ただの「歴史改変」ではありません。この作品の主人公は「シャーロック・ホームズ」シリーズでお馴染みのワトソンであり、彼が所属する機関のメンバーには『ドラキュラ』の吸血鬼ハンター、ヴァン・ヘルシングが、さらにロシアを訪れた際には『カラマーゾフの兄弟』でカラマーゾフ家の三男アレクセイと出会うなど、有名な創作物のキャラクターの数々が登場しているのです。

「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者コナン・ドイルは、自らも降霊会を主催していたほか、妖精が写り込んだ写真を本物だと語ったという伝記的エピソードからもうかがえるように、心霊やオカルトに傾倒していた作家でした。そんなドイルが生みだしたキャラクターだったからこそ、『屍者の帝国』では主人公にワトソンが選ばれたのでしょう。

今でこそ信じられ難いオカルト要素ですが、オカルトブーム真っ只中だったイギリスではこれも当たり前の文化として受け入れられていました。これもまた、未来の科学技術とオカルトといった異なる2つの要素が混ざる不思議な世界観を確立しているのです。

 

スチームパンクならではの「ありえないごちゃ混ぜ」を楽しもう

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ご紹介したように、スチームパンクは「未来」と「過去」、「科学」と「オカルト」が融合させた点が特徴的なジャンル。本来であれば全く関連のないはずのもの同士を違和感なくマッチさせたことによって、「こんな未来もあったのかも」と読者に感じさせる作品ジャンルとなったのです。

さらにいえば、「サイバーパンク」よりも冒険活劇を主軸に置いたのがスチームパンクであり、開放的でユーモアあふれる雰囲気も多くの人に愛される理由の1つ。エンタメ性が強調されたスチームパンクは、小説やアニメといったジャンルを飛び越え、ファッションにまで派生しています。これは、定義が曖昧になり始めている反面、それだけ間口が広くなっていることの証でしょう。

世界中で老若男女を問わず愛されるスチームパンクの世界から、今後どのような表現が新たに誕生するのか楽しみですね!

初出:P+D MAGAZINE(2016/11/28)

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