辻仁成のオススメ作品5選-多彩な才能に触れる
作家以外の活動をしながらも作品を世に輩出する作家は数多く存在し、辻仁成もその一人です。もともとバンド活動をしていた彼は1989年に作家としてデビューを果たし、パリを拠点に生活。2015年10月にはウェブマガジンの「デザインストーリーズ」を立ち上げるなど、現在も精力的に活動を続けています。また、私生活では女性にモテるものの、長続きせず、現在までに3度の離婚を経験しており、過去には女優の南果歩や中山美穂とも結婚していました。今回はそんな多才な彼のオススメ作品を紹介していきます。
『ピアニシモ』
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第13回すばる文学賞を受賞した、辻仁成のデビュー作。中学生の僕の側には幼い頃からヒカルがいるけれど、ヒカルは僕以外の人間には見ることができません。ある日、父の仕事の都合で転校することになった僕を、クラスメイトは敵意にあふれた態度で迎え入れます。周囲の人間で僕にやさしく接してくれるのは、伝言ダイヤルで知り合ったサキという女子高生だけ。
この作品は独特の心理描写が特徴で、地の文での描写はもちろんのこと、僕のいわば分身でもあるヒカルとの会話を通して僕の心情も描かれていきます。こうした二重の描写をすることで、僕の成長の様子が読者に鮮明に映っていきます。また、作中で起きる出来事はどれも明るいものではありませんが、僕とヒカルとのコミカルな会話にはそれをものともしない力強さも感じられます。これにより、思考などの面でネガティブに見えていた僕の印象が変化し、窮屈な日常を過ごしながらも、自分なりにポジティブに生きようとする様子が読者の心に強く残ります。作中の僕だけではなく、現代を生きる私たちにも同じ姿勢が必要なのかもしれません。
『海峡の光』
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第116回芥川賞を受賞した作品で、片桐仁、中村獅童主演で舞台化もされた人気作です。ある日、函館少年刑務所に花井という男が服役してきます。花井はこの刑務所の看守をしている主人公を少年時代に苛めており、そのやり口は陰湿なものでした。主人公は刑務所で模範囚として暮らす花井に対し、彼が心の底でなにかよからぬことを企んでいるのではないかと疑いの眼を向けるようになり、同時に、彼は自分のことを覚えているのかどうかも気になり始めていきます。
この作品では看守として「見る側」であるはずの主人公が、過去の経験から花井に見られているのではないかと疑う「見られる側」にもなっており、この倒錯が作品の特徴です。また、大人になった今でも過去の経験にまとわりつかれ続ける気持ち悪さを淡々とした筆致で描いているのも印象的。花井がどうして犯罪を犯したかなど、明確に書かれていない部分もありますが、それが最後まで読んだときの読後感をいっそう味わい深いものにしてくれます。
『白仏』
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フランスの「フェミナ賞外国文学賞」を日本人で初めて受賞した作品。主人公は辻仁成の祖父で、彼が死者の魂を癒すために人骨を使って白仏を作るまでの過程が詳細に記述されています。しかし、この作品のすべてが祖父の実話というわけではなく、話の大枠は辻仁成による想像に委ねられています。
祖父は事故や戦争で次々に周囲の人間を失っていき、死者は時として彼の夢や現実のなかにも現れます。死んだらそれで終わりではなく、その続きがある。生者と死者とを対比させながら、その考え方が徐々に強まっていく様子が魅力です。また、常につきまとう死への思いは、三島由紀夫の死生観をも想起させます。『私の遍歴時代―三島由紀夫のエッセイ〈1〉』(ちくま文庫)に収められている「わが魅せられたるもの」のなかで三島は、「芸術といふものは一度死を通つたよみがへりの形でしか生命を把握することができないのではないかといふ感じがする」と述べており、『白仏』での考え方にも一致します。このように、死という命題に対する哲学的なアプローチも読者に提供しています。
『嫉妬の香り』
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大学で研究員をする私には4年間交際している彼女のミノリがいて、私はミノリの持つ麝香(ムスク)の香りにひきつけられています。ある日、私と同じプロジェクトに取り組む政野英二とミノリが恋仲になっているのではないかと疑うようになり、英二の妻の早希もそのことを疑い始めます。私と早希は彼らへの復讐のため、不倫関係になっていくという物語です。
いわば昼ドラのようなストーリーの作品ですが、匂いをテーマに恋愛を描くという点が特徴的です。人が他者を認知するとき、まず目で相手の姿を確認し、耳で相手の声を感知します。恋愛においては手で相手を抱きしめ、舌でキスを交わす。恋愛の描写ではそうした嗅覚以外に焦点が置かれがちです。しかし、あえて嗅覚に焦点を置くことで、他者の持つ生々しく野性的な部分をみることができ、エロティックな印象を与えてくれます。堺雅人主演で後にドラマ化もされています。
『屋上で遊ぶ子供たち』
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辻仁成は映画監督や演出家、ミュージシャンとしてのほか、詩人としても活動をしています。初の詩集であるこの作品に収められた詩は、友人やかつて住んでいた町など身近に存在する些細なものへの思いを詠っています。辻仁成の小説は『海峡の光』や『白仏』など、主人公の身近な出来事から話が始まるものが多く、詩でもそれは変わりません。あとがきで「詩を僕は、刹那を凍結したものと考えている。ながれゆくときの中で、紡がれた言葉の脈絡が意味するものは、たんに人の人生をなぞるだけではなく、そこに存在する魂の形を表出せんとするものではないだろうか」と書いてあることから、身近な出来事の一つ一つに思いを馳せていることがわかります。身近な出来事の持つストーリーについて深く記述・表現していくこと。それが「辻仁成」を決定づけていると言えるかもしれません。
おわりに
活動が多岐にわたるようにさまざまな内容の作品を世に生み出している辻仁成。青春小説から不倫小説まで幅広く、映像化された作品や教科書に掲載される作品も存在します。音を奏でるように文字を奏でる、そんな彼の作品を一度覗いてみてはいかがでしょうか?
初出:P+D MAGAZINE(2017/03/14)