日米のカルチャーが集結。映画『レディ・プレイヤー1』原作小説の魅力を探る。
仮想世界での宝探しを描いたSF映画『レディ・プレイヤー1』。日米を代表するゲームやアニメ、漫画のキャラクターが次々と登場するこの映画の魅力を、原作『ゲームウォーズ』をもとに解説します。
2017年12月、スティーヴン・スピルバーグ監督作品『レディ・プレイヤー1』の予告映像が解禁されるや否や、ネットを中心に大きな話題を呼びました。
SF作家アーネスト・クラインが2011年に発表した同名小説(邦題:『ゲームウォーズ』)をもとにしたこの映画は、80年代以降のゲーム、音楽、漫画、アニメといった日米のポップカルチャーが登場する点が魅力のひとつです。
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日本での公開は2018年4月20日ですが、機動戦士ガンダムやデッドプール、バットマンやハーレイ・クインをはじめとするキャラクターたちが随所に見られる予告映像は「早く観たい!」、「絶対面白い!」と多くの人を興奮させています。
この物語の舞台は、世界規模の仮想世界、“OASIS”(オアシス)。資源が枯渇し、過酷な状況となった現実世界を生きる若者たちにとって、想像したことを実現でき、なりたい自分になれるOASISは生きる希望でした。
そんなある日、OASIS開発者のジェームズ・ハリデーが驚くべき遺言を残して亡くなります。
「わたしの会社、グレガリアス・シミュレーション・システムズの経営支配株式を含め、わたしの全資産は、わたしが遺言に記した条件が満たされるまでのあいだ、第三者に預託される。その条件を最初に満たしたただ一人の人物に、時価総額二四〇〇億ドル超のわたしの全資産を譲渡するものとする」
『ゲームウォーズ』<上>より
ハリデーの提示する条件とは、OASISのどこかに隠された“イースターエッグ”(ゲームのプログラムに仕込まれた隠し機能のこと)を見つけること。主人公の少年、ウェイドも宝探しを目的としたOASISのプレイヤー、“ガンター”としてライバル達と手に汗握る争奪戦を繰り広げていきます。
ガンターたちはイースターエッグの手がかりを求めてハリデーの日記、『アノラック年鑑』を読み込みます。その『年鑑』において、ハリデーはゲーム、映画、アニメ、テレビドラマへの愛をつづっていました。ガンターたちは『年鑑』をきっかけにハリデーの愛した80年代作品に触れるため、『レディ・プレイヤー1」は近未来を舞台にしたSF作品でありながらも作中に懐かしいポップカルチャーが多く登場するのです。
今回はそんな注目作、『レディ・プレイヤー1』の魅力を読み解きます。
近未来の仮想世界で始まった、壮大な宝探しゲーム。
『レディ・プレイヤー1』の舞台は、地球上のほとんど全員が日常的に利用する仮想現実、OASIS。OASISは電源を入れ、ヘッドマウントディスプレイと感覚を伝えるグローブを身につければ誰でもログインできる場所としてユーザーを獲得し続けていました。
主人公、ウェイド・ワッツは物心ついた時からOASISを利用していたユーザーのひとり。彼にとってOASISは今は亡き母と同時にログインして遊んだ思い出の場所であり、読み書きを教えてくれた先生のような存在でした。
現実世界では貧しく、いじめられていた自分でも、過去の創作物に無料で触れられ、自由に生きられる。そんなOASISで彼は自身の悲惨な人生を慰めていたものの、その裏でドラッグに溺れた母を失った孤独感にいつも襲われていました。
そんなとき、ハリデーのイースターエッグ探しが始まった。ぼくはそれに救われたんだと思っている。突然、やる価値のあることが見つかったんだからね。追いかける価値のある夢。この五年、ぼくはハントを目標とし定めて生きてきた。果たすべきクエスト、朝、起床する理由。楽しみに思える何か。
イースターエッグを探し始めた瞬間、未来は思っていたほど荒涼としたものではなくなった。
「絶対にイースターエッグを見つける」という目標を持ったウェイドは、アバター(ゲーム内などで扱う自分の分身のこと)の名前をアーサー王伝説で聖杯を見つけた騎士にちなんでパーシヴァルに変更し、決意を新たにします。
そしてウェイドはハリデーの日記『アノラック年鑑』を読み込み、ハリデーがファンだったと認定されている映画や本、ゲーム、歌、テレビ番組、通称“聖典”に触れる時間を惜しみませんでした。
リサーチに関して、ぼくは絶対に近道を選ばない。この五年をかけて、ガンター必読とされるものはすべて読破した。ダグラス・アダムス。カート・ヴォネガット。ニール・スティーヴンスン。リチャード・モーガン。スティーブン・キング。オースン・スコット・カード。テリー・プラチェット。テリー・ブルックス。ベスター、ブラッドベリ、ホールドマン、トールキン、ヴァンス、ギブスン、ゲイマン、スターリング、ムアコック、スコルジー、ゼラズニイ。ハリデーが好きだった作家の小説はみんな読んでいる。
ハリデーは『銀河ヒッチハイク・ガイド』で知られるダグラス・アダムスや『夏への扉』を執筆したロバート・A・ハインラインといったSF作家や、数多くの作品が映像化されているスティーブン・キングの作品を愛読していました。それらも余すことなくウェイドは読破し、イースターエッグに関するヒントを探し求めます。
ハリデーが提示した謎は3つ。それらを乗り越えた者だけがエッグにたどり着き、破格の遺産を相続できる……、当初はウェイドと同じく多くのガンターがエッグ狩りに夢中になるものの、突破口が見つからないままいつしかエッグの存在は都市伝説化してしまいます。
それでも宝探しが始まって5年後、ウェイドが世界で初めて第一の関門を突破したのは、エッグへの情熱とハリデーへの敬愛があったからこそ。そんなウェイドが触れた聖典の数々は、どれも世界中のファンに愛されるものばかり。映画が公開する前にこれらの作品に触れてみれば、ガンターの気持ちを一味先に味わえるかもしれませんね。
遺産を手にするのは誰だ?個性豊かなガンターたち。
遺産を手にすることを夢見るガンターたちは、いずれも個性豊か。特にウェイドと親交があるガンターは実力者ばかりです。
OASIS内での大親友、“エイチ”はウェイドと時に好きな映画をめぐって言い争いをすることはあっても、エッグについて議論したり、ゲームの腕を磨いたりと、切磋琢磨する関係を築いています。
エイチはゲームコンテストで多額の賞金を稼ぐほどのゲーマーです。利用そのものは無料である一方、膨大な広さを誇るOASISで移動をするには、多額の料金が必要でした。OASIS内で使われる通貨、OASISクレジットは不安定な現実世界で最も安定した通貨とされており、その価値はドルや円、ユーロを超えるほど。現実世界では満足な食事も摂れないウェイドにとってOASISを自由に移動するのは夢のまた夢であり、5年をかけてアバターのレベルを3にまで引き上げるのがやっとでした。
賞金であらゆる場所にエッグの手がかりを探しに行けるエイチは、金銭面の問題からどこにも行けないウェイドを馬鹿にすることも、哀れみから援助を申し出ることもしませんでした。その裏にあるのは、ガンターの「ソロ(1人)で挑むのなら最後までそのままやり遂げる」という暗黙のルール。「ぼくらは死ぬまでソロを貫こうぜ」と誓い合うふたりは、お互いを真のガンターとして認めています。
また、ウェイドが愛読しているブログ“タマゴをめぐるカラ騒ぎ”を執筆する女性ガンター、アルテミスも優勝候補のひとり。『年鑑』の自分なりの解釈やエッセイをつづったブログを読むうち、ウェイドは彼女に恋心を抱きます。多くの女性ユーザーが不自然なまでに美しく、ありえないほど痩せたスタイルのアバターを作る一方、人間らしい顔立ちでどこか人を食ったような笑みを見せるアルテミスに好感を持っていました。
そしてふたりの日本人ガンター、ダイトウとショウトウの兄弟も優勝候補に数えられています。サムライ映画の大ファンであるダイトウとショウトウのアバターは忍者を彷彿とさせるデザインなど、日本的なキャラクターとして描かれています。
ウェイド、エイチ、アルテミス、ダイトウ、ショウトウの5人は“ハイ5”と呼ばれる、優勝候補のガンターたちですが、それをインターネットプロバイダー企業のイノヴェーティブ・オンライン・インダストリーズ(IOI)が阻みます。IOIは大人数の社員や資金、『年鑑』に関するデータをもとにエッグ探しを行い、OASISを支配しようと目論んでいます。
ウェイドたちがエッグを探しているのは、決して賞金に目がくらんだわけではありません。エッグ探しは、OASISを金儲けの道具としか見ておらず、ときに現実世界からガンターの命を狙うIOIからOASISを守るためでもあったのです。
まさに“クールジャパン”!原作者に多大な影響を与えた、日本の文化。
日本?日本も研究したかって?
したさ。徹底的に。アニメに実写。『ゴジラ』、『ガメラ』、『宇宙戦艦ヤマト』、『マグマ大使』、『ガッチャマン』、『マッハGoGoGo』。『ゲームウォーズ』<上>より
『キカイダー』は七〇年代に日本で製作された実写アクション番組で、毎回、赤と青の人造人間がゴムの着ぐるみを着た怪獣をばったばったと倒す。ぼくはどうも昔から怪獣ものや特撮ものに弱いんだ。『スペクトルマン』しかり。『マグマ大使』『スパイダーマン』しかり。
『ゲームウォーズ』<下>より
物語のキーである『年鑑』でハリデーが言及しているのは、アメリカの作品だけではありません。ハリデーは日本のアニメや特撮作品を好んでおり、ウェイドもヒント探しの一環として『年鑑』に記された日本の作品を研究しています。
原作者のアーネスト・クライン氏も日本で行われた『レディ・プレイヤー1』の特別イベントにおいて、日本の作品から大きな影響を受けたことを語っています。その発言からも、『レディ・プレイヤー1』には原作者からの「日本の作品への愛」が込められているのです。
『年鑑』に記すほどハリデーも愛していた日本の作品は、作中ではどのように描かれているのか、実際に見てみましょう。
登場するのは原作だけ!日本のヒーロー、ウルトラマンの活躍。
ある日、ウェイドはダイトウ、ショウトウのふたりに「一緒にやってもらいたいクエストがある」と話しかけます。そのクエストとは、日本人にとってはお馴染みのヒーロー、『ウルトラマン』のエピソードを、登場人物になりきって演じるといったもの。
無事に『ウルトラマン』のクエストをクリアした3人には、特典としてウルトラマンに変身できるアイテム、“ベーターカプセル”が与えられますが、その数はたったひとつ。その行く末をめぐって「売り払って利益を山分けすべき」、「クエストを見つけたパーシヴァルがもらうべき」とダイトウ、ショウトウ兄弟は喧嘩を始めます。
「きみたち二人が持っておきなよ」ぼくは言った。「ウルトラマンは日本が誇るスーパーヒーローだ。彼の超人的な能力は日本の人たちのものだよ」
ぼくの寛大さに二人は驚き、恥じ入った。とりわけダイトウの態度は大きく変わった。「ありがとう、パーシヴァルさん」そう言っていつものごとく深々とお辞儀をした。「仁義の人だ」
実はこのベーターカプセルが登場するのは、原作小説のみ。クライン氏によれば、ウルトラマンは権利上の問題がクリアできず、代わりにアメリカのアニメのキャラクター、アイアン・ジャイアントを登場させたことが発表されています。(※1)
日本が誇るスーパーヒーローであるウルトラマンは残念ながら映画には登場しませんが、原作小説でどのような活躍を繰り広げているのかチェックしてみてはいかがでしょうか。
※1 出典:http://deadline.com/2017/12/ready-player-one-ernest-cline-steven-spielberg-tye-sheridan-movie-trailer-interview-1202223854/
ロボットに乗るスパイダーマン?実は日本でも作られていた、トンデモ設定の作品。
実写映画が大ヒットし、日本でも多くのファンがいる人気アメリカンコミック、『スパイダーマン』。突如としてクモの能力を手に入れた主人公、ピーター・パーカーが自作のコスチュームを身にまとって活躍する……、というのがおおまかなストーリーですが、実は日本でもスパイダーマンを主役に特撮のテレビドラマが作られていました。
1978年から放送されていた日本版スパイダーマンは、オートレーサーの山城拓也が父親を殺された復讐を果たすために悪の組織“鉄十字団”と死闘を繰り広げる物語です。「スパイダーマンが巨大なロボット“レオパルドン”に乗り込んで敵を倒す」、「敵が組織単位」、「ブレスレットを操作して変身する」といった日本版独自の設定は、原作コミックとは大きくかけ離れていました。
しかしこれらの設定は後に5人のキャラクターがチームワークで敵を倒す「スーパー戦隊シリーズ」へと引き継がれているため、日本版スパイダーマンは日本のヒーロー作品の根本を築いた作品といっても過言ではありません。
そんな日本版にしか登場しないロボット、レオパルドンが『レディ・プレイヤー1』に登場するのはエッグハントにつながる第2の謎を解いたシーンです。ウェイドは試練をクリアした特典として、OASIS内で搭乗できるロボットを得られることに。特典のリストの中には、鉄人28号、マジンガーZ、『超時空要塞マクロス』のヴァルキリー、ガンダムなど日本ではおなじみのロボットを含めた100種類以上のロボットがずらりと並んでいました。
本物の、ちゃんと動くロボットをもらえるのかもしれない。そう考えて、選択に慎重になった。一番強くて、一番装備のいいロボットを選びたい。しかし、レオパルドンを見つけた瞬間、ジョイスティックを動かす手がぴたりと止まった。コミックの『スパイダーマン』を原案として一九七〇年代に日本で製作された特撮テレビドラマ『スパイダーマン』に登場する巨大ロボットだ。リサーチの過程で『スパイダーマン』を知って以来、とりこになってしまった。レオパルドンを見つけた瞬間、どれが一番強そうかなんてどうでもよくなった。絶対にレオパルドンがいい。一番強くなくたってかまわない。
日本の特撮作品が好きだったハリデーの研究を行ううち、知らず知らずのうちに自身も特撮作品のとりこになったウェイド。日本版スパイダーマンにしか登場しないレオパルドンを知っていただけでなく、数あるロボットの中から選んでいることからいかに好きだったかがうかがえます。
日本版スパイダーマンは、本国アメリカでも好意的に受け入れられたとされています。後にアメリカでも「スーパー戦隊シリーズ」やウルトラマンが製作されるようになったのは、他ならぬ日本版スパイダーマンがあったからこそ。数あるロボットの中から、ウェイドが強い意志を持って日本版スパイダーマンが乗り込むレオパルドンを選んだのには、日本へのリスペクトが込められているのです。こういった場面からもわかる通り、『レディ・プレイヤー1』は、そんな日本へのリスペクトが詰まった作品といえますね。
あなたの好きなキャラクターも登場するかもしれない、『レディ・プレイヤー・1』
映画『レディ・プレイヤー1』では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンや『AKIRA』のバイクがカーチェイスを繰り広げ、日米で高い人気を誇るゲーム『オーバーウォッチ』の主人公、トレーサーや『ストリートファイターⅡ』の人気キャラクター、春麗が大迫力の戦闘シーンで活躍することが予告映像から伝わってきます。まさに原作小説の通り、私たちの好きな作品やキャラクターが所狭しと大暴れする、おもちゃ箱のような作品といえるでしょう。
その一方で、今作は夢の世界OASIS創設者の遺産を手にすることができるのは誰か、手に汗握る冒険小説の要素や主人公、ウェイドの成長の過程と多くの要素が詰まった作品でもあります。
そんな魅力的な『レディ・プレイヤー1』の日本公開は2018年4月20日。先に原作小説を読んでから映画を観るか? それとも映画を観てから原作小説を読むか?
それぞれに一長一短があり、今回は非常に悩ましいですね。あなたはどちらにしますか?
初出:P+D MAGAZINE(2018/05/09)