【著者インタビュー】テロに時効はない! 未解決の新聞社襲撃事件の謎に挑む/森 詠『総監特命 彷徨う警官3』(上・下)
「次世代に警告を与えられるフィクションをめざしたい」と語る、元々はジャーナリスト志望だったという著者。1987年から1990年にかけて実際に起こった“赤報隊事件”の真相に、虚構を通じて迫った新作についてお話を伺いました。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
迷宮入りした新聞社襲撃事件を再捜査するうちに、「巨悪」が絡まり合う真相が明らかに――圧倒的スケールの警察小説
『総監特命 彷徨う警官3』(上・下)
各800円+税
KADOKAWA
装丁/舘山一大
森 詠
●もり・えい 1941年東京生まれ。東京外国語大学卒。週刊誌記者を経て、77年にキャノン機関など占領期以来の日米の暗部を暴く『黒の機関』を発表。82年『燃える波濤』で第1回日本冒険小説協会大賞、94年、疎開先・那須での少年期を描いた自伝的小説『オサムの朝』で第10回坪田譲治文学賞。『日本封鎖 小説第三次世界大戦』『新編日本中国戦争』『新編日本朝鮮戦争』等の他、『横浜狼犬』『剣客相談人』シリーズなど警察小説、時代小説も人気。160㌢、67㌔、O型。
謀略史観ありきではなく事実に基づいたノンフィクション的手法を取りたかった
森詠著『
87年5月3日、東洋新聞横浜支局で記者2名が殺傷された同件を始め、一連の赤衛隊事件には既に時効が成立している。が、翌年に東京五輪開催を控える中、時の警視総監〈西田
むろん赤衛隊は
〈この機を逃してしまえば、未来の歴史に対し、われわれもまた歴史を歪曲してきた共犯者になるのを覚悟せねばなるまい〉
*
「これは元々ジャーナリスト志望だった私の信条でもありますね。特に私の場合、ノンフィクションでは書けないことを書くために小説に転向した部分もありますし、たとえ娯楽小説であっても大人の鑑賞に堪えうる
例えば開高健さんや日野啓三さんは戦場ルポを書く一方で純文学も書きましたが、裏の取れない事実は一旦身体に取り込んで小説化するのも一つの伝え方だと教えられた。しかも私に時代小説を書けと勧めてくれた寺田博さん始め、よほどいいものを書かないと納得してくれない昔ながらの編集者が、あの世にもこの世にも大勢いらっしゃるので(笑い)丹念に書きました」
ここで赤報隊ならぬ赤衛隊事件の概要をまとめよう。まずは87年1月、東洋新聞本社の外壁に散弾銃2発が撃ち込まれ、5月3日には目出し帽の男が横浜支局を襲撃。夕食中の記者1名の右手指を吹き飛ばし、1名が腹部を撃たれて死亡した。警察ではこの惨事を起きた日付にちなみ〈
そして事件は時効成立後の再捜査を総監直々に決めた〈特01号事案〉として復活。北郷が〈事件は公安が考えたほど複雑なものではない〉〈背景や余計な情報に惑わされず、通常の凶悪事件として見直す〉と促し、率直な意見を募る捜査会議のシーンは中でも見物だ。
次世代に警告を与えられる作品
「実はこれは事件当時、私が警察や右翼関係者、新聞記者にあたる中で話した会話が元になっています。
なぜ犯人は目出し帽で顔を隠し銃身を短く切った散弾銃を使ったのかとか、なぜ犯行の後に一方通行を逆走し、見張り役のパンチパーマの男も含めて目撃されるほど慌てていたのかとか……。そうした疑問を潰していけば公安の言うような右翼犯行説にはならないはずなのに、彼らは声明文で〈反日分子〉一掃を掲げた犯人の思想背景に拘るあまり、事実を見誤ったんです。
現場でも刑事部の人間は『少なくとも実行犯は右翼じゃない』と断言していて、今でいう半グレや散弾銃の扱いに不慣れな〈
自室で改めて声明文を読んでみた北郷の違和感や、個性豊かな部下たちの地道な捜査によって、昭和史有数の未解決事件は全く違う相貌を見せてゆく。そんな中、横浜では元総会屋のフリー記者〈石丸〉が謎の死を遂げ、彼が追っていたある特ダネを東洋新聞も取材中だったことが判明。その接点に浮かぶ〈原発複合体〉や〈日本刷新会議〉といった闇の存在がやがて7係の面々にまで魔の手を伸ばし始めるのである。
本書では著者初の警察小説『横浜狼犬』シリーズの登場人物〈海道章〉が所轄側で北郷を出し抜くなど、エンタメ的趣向も満載。それでいて赤報隊事件ばかりか、背後に渦巻く陰謀や日米関係の歴史的暗部まで森氏は可視化しようとし、作者の身の安全が心配になるほどだ。
「私もここまで話が広がるとは思いませんでしたが、調べれば調べるほどブラックホールに吸い込まれるのが赤報隊事件。ちょうど本書を執筆中に、かつて北陸の原発誘致を手伝った極道が電力会社を脅した事件が発覚し、そうか、隠蔽したかった本筋は
結局、赤報隊事件にしろ『黒の機関』に書いたような戦後の闇が影を落とし、日本は今もアメリカの
森氏は7係という装置を使って、今後も数々の時効の壁に挑む予定だという。この国の構造が変わらない以上、〈事件はいまも生きている〉からだ。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2019年2.15/22号より)
初出:P+D MAGAZINE(2019/07/15)