【『太陽は動かない』映画化】吉田修一のおすすめ作品4選

藤原竜也と竹内涼真がダブル主演を務める映画、『太陽は動かない』が近日公開予定となっています。映画の原作は、小説家・吉田修一による同名の長編小説。今回は『太陽は動かない』を中心に、吉田修一のおすすめ作品を4作品紹介します。

2020年春、藤原竜也と竹内涼真がダブル主演を務める映画、『太陽は動かない』が全国公開されます(※コロナウイルスの影響により延期中、近日公開予定)。

映画の原作は、小説家・吉田修一による同名の長編小説。吉田修一の作品は大衆文学と純文学を自由に行き来し、幅広い層から支持を得続けています。今回は、映画化作品『太陽は動かない』を中心に、『パレード』、『悪人』といった吉田修一のおすすめ作品のあらすじと読みどころを紹介します。

『太陽は動かない』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4344021681/

今回映画化された『太陽は動かない』は、裏社会で生きる産業スパイたちの活躍を描いたエンターテインメント小説です。

主人公は、AN通信という産業スパイ組織に属する鷹野というエージェントと、その部下の田岡。AN通信は表向きはニュース配信会社ですが、実際には機密情報を日々入手し、それを企業や政府組織に高値で売るという業務をおこなっています。AN通信のエージェントたちの心臓には小型爆弾が埋め込まれており、会社への24時間ごとの定時連絡を欠かすとそれが爆発して死に至るという、まさに命がけの任務を背負っているのです。

ある日、鷹野たちのもとに、中国政府がサッカースタジアムでの爆破テロを計画している──という大スクープが飛び込んできました。南シナ海で新たに見つかった油田をめぐり、日韓の民間企業が提携して油田開発の計画に乗り出そうとしていることを快く思っていない中国政府が、サッカーの日韓戦がおこなわれるスタジアムでウイグル過激派によるテロを扇動することにより日韓関係の悪化を狙っているというのです。

鷹野はこのテロ計画を日本企業「興和」と韓国企業「南星」に知らせ、情報料をせしめようとしていましたが、ウイグル過激派のリーダーを交えた交渉は、あえなく決裂してしまいます。鷹野は交渉決裂を知った「興和」の社員に脅され、爆破テロをなんとしてでも防がなければ、部下である田岡の命もない、と告げられます。田岡は「興和」の社員の手によって、人質としてスタジアムに連れ去られていたのです。物語はここから、さまざまな利権と欲望が絡まり合う情報戦へと発展していきます。

ストーリーの複雑さと大胆なアクションシーンはもちろん、鷹野というエージェントのキャラクターも本作の大きな魅力のひとつです。スパイは自分と会社の利益を第一に考えて行動しなければならず、人質となった田岡のことは見捨てるのが本来するべき選択でした。しかし鷹野は、田岡の命を救うために命がけでテロの舞台であるスタジアムに向かいます
鷹野と田岡を中心とするスパイたちの生き様や心理的な駆け引きは、スリリングでありながらも時に人間臭く、重厚です。次から次へと起こる事件に引き込まれ、一気読みしてしまうこと間違いなしの作品です。

『パレード』


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『パレード』は、吉田修一が2002年に発表した代表作です。第15回山本周五郎賞を受賞した本作は、2010年に行定勲監督によって映画化され、ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞も受賞しています。

物語は、2LDKのマンションでルームシェアをして暮らしている5人の男女の語りによって進みます。5人の若者たちは、一見、円満に東京での自由な暮らしを楽しんでいるかのよう。しかし、住人のひとりである良介は、帰宅途中の女性を狙った襲撃事件がマンションの近辺で立て続けに発生していることを気にかけています。

自堕落な生活を送る良介、過去に交際していた男のことが忘れられない琴美、本当の自分をなかなか出すことができない未来、良識的ではあるもののある“秘密”を持つ直輝、男娼をしていることを住人たちに隠しているサトル──など、5人の住人たちはそれぞれに闇や葛藤を抱えていますが、それを他の4人に明かそうとはしません。彼らは実は、近所で相次いでいる襲撃事件の犯人にも心当たりがあるのですが、誰ひとりとして他者の内面に踏み込む勇気はなく、居間に集まってテレビを見ながら談笑し続けるのです。

住人のひとりである琴美や未来は、彼らとの生活のルールをこのように語ります。

嫌なら出て行くしかない。いるなら笑っているしかない。

ここでうまく暮らしていくには、ここに一番ぴったりと適応できそうな自分を、自分で演じていくしかない。

空気を読み、おぞましい事件の真相から目を背けてでも「うまく暮らしていく」ことを優先する若者の姿はグロテスクですが、彼らのような他者との付き合い方に共感を覚える人も少なくないのではないでしょうか。読み終えたあと、ヒヤリとしつつも自分のふるまいを省みたくなるようなホラー感の残る小説です。

『悪人』


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『悪人』は、吉田修一によるサスペンス小説です。朝日新聞紙上で2006年から2007年にかけて連載された本作は、第61回毎日出版文化賞と第34回大佛次郎賞を受賞しています。2010年には妻夫木聡主演で映画化もされ、大きな話題を呼びました。

本作は、保険外交員の女性・石橋佳乃が絞殺死体となって発見されるシーンで幕を開けます。佳乃は出会い系サイトで知り合った何名かの男性たちと関係を持っていましたが、その中のひとりに土木作業員の清水祐一がいました。
祐一は、佳乃の殺害事件から数日後、同じく出会い系サイトで知り合ったメル友の女性・馬込光代とひょんなことから話が盛り上がり、落ち合ってドライブをします。光代と祐一は惹かれ合い徐々に絆を深めていきますが、同時に、佳乃の事件を追う刑事たちの手によって、捜査線上に祐一が浮かび上がってきていました。光代は祐一から人を殺してしまったと告白され、自白をしにふたりで警察署に向かいますが、途中で“逃げよう”と言い出します。

光代は祐一の肩に叫んだ。
逃げ切れるわけがないのに、「逃げて! もう一人にせんで!」幸せになれるわけがないのに、「一緒におって! 私だけ置いていかんで!」と叫んでいた。

この言葉をきっかけに、光代と祐一は、逃げ切れるはずがないと思いながらも逃避行を始めます。あてのない旅を続ける中で光代と祐一の愛は深まっていき、殺人犯であるとわかりながらも、光代は祐一をかばい続けようとします。

佳乃が殺された事件の真相はどこにあるのか。祐一はなぜ佳乃を殺さなければならなかったのか。そして、本当に祐一は“悪人”だったのか──? 視点が次々と入れ替わる巧みな構成の中で謎が謎を呼んでいく本作ですが、出会い系サイトをめぐって渦巻く若者たちの欲望と、光代と祐一を結びつける強い愛が物語に奥行きを持たせています。光代の独白によって締めくくられるラストシーンは感動的で、サスペンス小説としてはもちろん、一流の恋愛小説としても涙なしには読めない名作です。

『横道世之介』


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『横道世之介』は、2008年から2009年まで毎日新聞紙上で連載された長編小説です。2010年に柴田錬三郎賞を受賞し、同年度の本屋大賞の3位になった本作は、2013年に高良健吾主演で映画化もされ、いまでも多くの人々の心を捉え続けて離さない人気作です。

舞台はバブル真っ只中の1980年代後半。主人公の横道世之介は、長崎から大学進学のために上京してきたばかりの若者です。お人好しで何事にも熱しやすい性格の世之介は、流されるがままに大学のサンバサークルに入ったり、入学式で出会った友人にお金を貸してしまったり、世間知らずのお嬢様である祥子と交際することになって振り回されたり──と、賑やかな毎日を送ります。

世之介は決して際立った個性を持っているわけではなく、主人公としてはやや平凡な、どこにでもいる大学生のひとりです。しかし、彼の天真爛漫さやだらしなさ、鷹揚さはその時々に世之介と関わる人々の心をどこか穏やかにさせ、“記憶の片隅に残る人物”として描かれます。

本作は、世之介の現在の姿を描く1987年と、周囲の人々による回想を描く2007年が交錯する形で進みます。世之介と出会った20年後、ふと当時のことを振り返った友人の加藤は、こんなことを思います。

世之介と出会った人生と出会わなかった人生で何かが変わるだろうか、とふと思う。たぶん何も変わりはない。ただ青春時代に世之介と出会わなかった人がこの世の中には大勢いるかと思うと、なぜか自分がとても得をしたような気持になってくる。

特に個性的ではなかったけれど、なぜか憎めず、その人との交流を思い出すと心がふっと温かくなる──。どんな読者にとっても、世之介のような人物との出会いには身に覚えがあるのではないでしょうか。2019年には続編として24歳の世之介の姿を描いた『続 横道世之介』も発表され、世之介は時代を超えて愛され続けるキャラクターとなっています。

合わせて読みたい:【著者インタビュー】吉田修一『続 横道世之介』/映画化でも話題になった青春小説の金字塔に、続きがあった!

おわりに

産業スパイたちの暗躍を描いた『太陽は動かない』、若者たちの生活と心の闇を描いた『パレード』、人情味あふれる青春小説の『横道世之介』──など、今回ご紹介した小説のラインナップを見るだけでも、吉田修一作品の多様さに驚かれた方は多いのではないでしょうか。

吉田修一作品の最大の魅力は、緻密で多面的な人物描写と、映像化とも相性抜群の大胆で先の読めないストーリーテリングにあります。純文学とエンターテインメントの間を自由に行き来し続ける吉田修一の作品から、今後も目が離せません。

初出:P+D MAGAZINE(2020/04/25)

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