【著者インタビュー】又吉直樹『人間』/喜劇にも悲劇にもなれる“状態”を書く

何者かになろうと、もがき続けた青春の果てに待っていたものは……。自身初となる長編小説『人間』について、又吉直樹氏にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

何者かになろうと仲間たちともがき続けた青春期 その後に待っていたものとは――芸人初の芥川賞作家による渾身作

『人間』

1400円+税
毎日新聞出版
装丁/鈴木成一デザイン室 装画/村田善子

又吉直樹

●またよし・なおき 1980年大阪生まれ。99年に上京。NSC東京校5期生。漫才コンビ「線香花火」を経て、03年に綾部祐二氏と「ピース」を結成、10年のキングオブコント準優勝など幅広く活躍。15年に初中編小説『火花』を発表し、第153回芥川賞を受賞。同作は300万部を超える大ベストセラーとなり、ドラマ化・映画化・舞台化もされた。著書は他に『劇場』『東京百景』『夜を乗り越える』等。本作は毎日新聞夕刊掲載の初新聞小説。164㌢、58㌔、B型。

喜劇や悲劇にもなれる「状態」を書くのはこの世界自体がそういうものだと思うから

「僕は基本、人間のやることは何でも『おもろい』と思って書いてるんですけど、同じことを見てもそれを『イタすぎる』、『最悪や』言う人もおるし、悲劇か喜劇かは、人が決めることだと思ってます」
 又吉直樹氏の初長編小説『人間』は、美術系の専門学校を卒業後、絵と文筆業で生計を立てる〈永山〉が、38歳の誕生日に届いたあるメールを機に、かつて〈ハウス〉と呼ばれる共同住宅で過ごした日々を20年ぶりに回想する形で始まる。
 美大生や芸術家の卵など、各々の表現を求めて足掻あがくハウスの住人たちは、日々創作し、議論し、互いを傷つけることも多かった。例えば芸人志望の〈奥〉は言う。〈才能ある奴なんて一人もいないのかもな〉〈なにかしらの存在であると自分自身を騙した人と、それ以外かもしれへんやん。正直、その可能性に賭けてるとこあんねん〉
 才能。その曖昧で絶対的な響きこそが、厄介なのだ。

「僕自身、なりたくて芸人になったのに、食えない生活を呪ってみたりもして、自分でも笑ってしまったことがあるんです。『何してんねん、オレ』って(笑い)。
 確かに今は器用で賢い大学出身の後輩も増えた。でも芸人になろうっていう人の半数以上は、他のことが何もできひん人やと思うし、『ほな辞めろや』って言われても困るんですよ。『ほな死ね』と同義の言葉やから。
 その“誰のせいにもしにくいしんどさ”が僕には面白いんです。面白いには、痛いとか苦しいとか愚かとか、負の要素も含まれている感じはします」
 18歳で大阪から上京し、縁あってそのアートの巣窟に住むことになった永山は、当時の住人仲間〈仲野太一〉がネット上でとんでもないことになっていると、元住人の〈森本〉から唐突なメールを受け取る。〈≪ナカノタイチ 犬のクソ≫で検索したらでてくるとおもいます!〉〈僕は一周まわって笑いました〉と。
 だが、検索するより先に、永山の脳裏には〈おまえは絶対になにも成し遂げられない〉と彼に断言した仲野のさかしらな横顔が浮かんでしまう。そして絵本作家を夢見る〈めぐみ〉との悲惨すぎる恋の結末や、永山の初著書『凡人A』にちなんだある事件、、、、など、苦い記憶ばかりが蘇るのだ。
「ハウス自体は創作ですが、上京直後に周りが妙に大人に見えて気後れする感じは、僕自身の実感でもあります。
『火花』や『劇場』の時は客観性を考えて登場人物と自分の距離をあえて離したのですが、結局、読者には“コレ又吉のことやろ”と思われる(笑い)。今回は小賢しい真似はせず、自分と同い年の永山が過去を振り返る設定だけ決めて書き進めたので、奥が後々芸人になって〈影島道生〉を名乗り、小説まで書いた時は、自分でも『わ、出てきた~』という感覚でした」
 実はこの影島=奥こそ、仲野をネット上で炎上させた張本人。芸人が小説を書き、芥川賞まで受賞したことを公然と揶揄した自称コラムニスト・仲野の見識をただし、〈想像力と優しさが欠落したただの豚〉と猛烈に逆批判したのだ。
「ここまで苛烈でなくとも、考え方自体は僕も影島や永山に近いかもしれないです。
 最近は皆さんネットでもいろんなこと言いますが、それを言うために〈マイクを取りに〉行くかどうかが僕は結構重要だと思うんです。自分は18歳とかでマイクを持たされないで、ホンマによかったって感謝してるんですよ。僕が当時の未熟なままで世に出ていたら、人を傷つけていたかもしれない。よほどの天才でもない限り、自分が今どこまで喋れる力があって、マイクを本当に持っていいのか、誰にも気づかされない方が僕は残酷やと思うんです」

「別世界がある」そのことが大事

 そんな影島と偶然再会し、しばし旧交を温めた永山は、過去作『凡人A』を発展させた新作『脱皮』を発表、あるエッセイ賞まで受ける。そして父方の故郷・沖縄で受賞を祝ってくれた人々や、〈ちゃんと景色見てるか〉という父の言葉に促され、少しずつ視界や視力を取り戻していく第3章がいい。
「僕も父が沖縄、母が奄美出身で、子供の頃に遊びに行くと強烈なパワーに呑み込まれるくらい、大阪とは感覚も常識も全てが違った。でもその違いが今思うと、大事やった気もするんです。
 表現を生業とし、常に他人の評価に晒される価値基準の中で生きていると、今でも沖縄に行けば『別世界があるんや』と思うし、別に沖縄に限らず、自分と違う生き方をしてる人がいるっていうだけで、永山にはよかったんだと思う」
 せっかく心が通じあえた影島がゴシップに巻き込まれて姿を消し、〈僕達は人間をやるのが下手なのではないか〉〈自分の思いどおりにならないことが人生にあると受け容れることは怠慢なのだろうか〉と永山が延々思索する場面など、本書は何者かになれずにいる人や、そうでない読者にも、突き刺さる言葉に溢れている。
「僕は中学生の時に初めて好きな子とマクドに行って、帰りに『私と遊んだこと、誰にも言わんといて』って言われたんですよ(笑い)。ところがこの話を笑ってくれる人もいれば、『そんなのひどい!』と怒る人もいるんです。僕は小説においても、喜劇にも悲劇にもなれる“状態”を書いている。この世界自体が、僕はそういうものだと思うので」
 その行く手に微かな光や景色の抜けを見出せるのは、同じ人間下手として朗報である。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年11.1号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/04/25)

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