【著者インタビュー】原田マハ『風神雷神 Juppiter,Aeolus』(上・下)/謎多き琳派の祖・俵屋宗達に材を取ったアートフィクション

経歴も人物像も、全てが謎に包まれた天才絵師・俵屋宗達と、誰もが知っている『風神雷神図屏風』を軸に描かれる、壮大なアートフィクション。その著者・原田マハ氏にインタビューしました!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

天才少年絵師と名画を軸に戦国時代の日本とルネサンス・イタリアを繋ぐ前代未聞のアートフィクション

『風神雷神 Juppiter,Aeolus』(上・下)

各1800円+税
PHP研究所
装丁/重実生哉

原田マハ

●はらだ・まは 1962年東京生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒。森美術館設立準備室、MOMA等を経てキュレーターとして独立。05年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞、12年『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞、17年『リーチ先生』で新田次郎文学賞。現在パリにも拠点を持つ。「当時大変な労苦を乗り越えて交流した彼らを私は誇りに思いますし、日本文化が憧れをもって迎えられていることの原点を感じます」。

時代も人種も国も関係なく美を共有できるのが、アートというメディアの素晴らしさ

 生没年不詳。経歴も人物像も、全てが謎に包まれた俵屋宗達に関し、京都国立博物館研究員〈望月彩〉が、こう呟く場面がある。〈確たる証拠は何もない〉〈だからこそ、おもしろいのだ〉
「これはそのまま私の台詞です。謎が多いということはフィクションをより自由に構築できるわけですから」
 そんな謎多き琳派の祖の、特に少年時代に材を取った原田マハ著『風神雷神 Juppiter,Aeolus』は、彩が自ら企画した〈いまひとたびの琳派〉展初日にマカオ博物館の〈レイモンド・ウォン〉なる人物の訪問を受け、画期的新史料の提供を匂わされた、20××年秋の出来事から始まる。
 後日マカオを訪れた彩は、〈ユピテル、アイオロス〉、つまりラテン語でいう風神雷神が描かれ、〈カラヴァッジョの絵の特徴を備え〉た西洋画をウォンから託され、さらに同封の日記には天正遣欧使節団の一員、原マルティノの署名が。そこには若き日の彼と謎の天才絵師宗達の驚くべき友情の物語が綴られていたのである。

「今作は『京都を舞台にしたアート小説を』という京都新聞の依頼が始まりでした。京都に因んだ日本美術の中でも『風神雷神図屏風』は誰でも知っているアイコンですし、作者の生涯が謎だらけなだけに、思い切った時代小説が書けそうだと思って。いちおう宗達に関しても、実家が京の扇屋“俵屋”で、彼の扇絵はよく売れたなど、多少の逸話は残っていて、だいたい1570年前後の生まれだとも言われています。そこで当時の時代背景を調べてみると、1582年に天正遣欧使節団が派遣されていたり、思った以上に横の広がりもある時代だったんです」
 通常時代物では作品内での地理的な広がりに限界が出やすいと原田氏は言う。
「ところが彼が生きた安土桃山時代は、美術界ではよく日本におけるルネサンスになぞらえられる。つまり西洋でルネサンスが花開いたのと同じ頃、日本でも絵画や文化の革命がおこり、その只中に宗達も天正使節団の面々もいたわけです。
 そのことがとにかく私の中では発見であり、彼らをいっそ結び付けてみようという、誰も考えないことにあえて挑んでみたのです。宗達とマルティノとカラヴァッジョが、ほぼ同じ時代を生きたのは紛れもない事実なので」
 彩が新たな風神雷神図、、、、、、、、に衝撃を受けた序章から一転、物語は時代を400年以上遡り、1582年の肥前・有馬へと舞台を移す。大村純忠の家臣・原中務大輔純一を父に持つマルティノはセミナリオに入学を許され、特に語学に才能を発揮していた。そしてこの年、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアンと共にローマ教皇に謁見するため長崎を発つ。そこに絡む発案者であるイエズス会巡察長・ヴァリニャーノの意図や、狩野永徳に『洛中洛外図屏風』を描かせて貢物とした天下人信長の野望。何より宗達が信長の密命、、を受け、使節団に入ることになった、、、、、、、、、、、、経緯が、主にマルティノの目線で語られてゆく。

絵画は不思議なタイムカプセル

 彼らは14歳。親元を離れ、死と隣合わせの船旅に出るには若すぎるとも言えるが、月の夜、豪放磊落な宗達と真面目一方のマルティノが有馬の浜で出会うシーンや、構図や陰影といった西洋の技法に触れる時の目の輝きは、まさに青春そのもの。宗達の成長を縦軸に8年に亘る旅の顛末を追った本書自体、何かと何かが出会う瞬間のきらめきに彩られた出会いの小説、、、、、、といえよう。
「マカオ、ゴア、リスボン、そしてローマへと進む間、彼らが受けた衝撃や興奮を想像するだけで楽しかった。
 彼らはいわば京の町の絵、、、、、を献上しに行ったわけで、教皇側が受領したのも確か。ところがその現物は今も見つかっていないんです。その謎のおかげで私はこの永徳と宗達のコラボによる、、、、、、、、、、、、洛中洛外図屏風、、、、、、、』の制作風景を想像することができました。信長が宗達に〈ローマの『洛中洛外図』〉を書いてこいと命じた可能性も、0%ではないと思いながら」
 そうした着想の裏には、洛中洛外図が京の住人より、専ら地方の武将たちに珍重された、、、、、、、、、、、、、史実が踏まえられ、
「信長が謙信に贈った洛中洛外図は今も山形にありますし、信長はローマも一地方と捉えたかもしれません(笑い)」
 そして謁見を無事終え、ミラノを訪れた時のこと。市内の教会をマルティノと訪れ、食堂の壁に描かれた『最後の晩餐』の神々しさに息を呑んだ宗達は、先輩を殴って工房を追われたという少年画工〝カラヴァッジョ村のミケランジェロ〟に声をかけられるのだ……。
「実は一行がミラノにいた夏の9日間、14歳のカラヴァッジョも同じ街にいたんですよ! この9日間の奇跡に私は運命すら感じ、3人を遭遇させたのです。アートって不思議で、彩が〈タイムカプセル〉に喩えるように描かれた時代の空気や命の輝きを保ったまま、時空を軽々と超えてしまいます。しかもこの、文字より古いメディアの素晴らしさは、時代も人種も国も関係なくその美を共有できること。以前、知人の息子さんが『風神雷神図』を見て“超カッコいい”って言ったんです。3歳児がですよ。そんな傑作を残した宗達に、人間的魅力がないわけがないですよね」
 構想が大胆な分、彼らが海のこちらとあちらで同じ時を生きた同時代性が一層際立つ。美を愛する心一つで通じ合えた彼らの友情や好奇心に、おそらく嘘はない。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年12.13号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/05/19)

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