【『残像に口紅を』ほか】TikTokで人気に火がついた小説3選

2020年以降、ショート動画投稿アプリ・TikTokで紹介された小説が急激に売上を伸ばすという現象が頻繁に起きています。筒井康隆の『残像に口紅を』や今村夏子の『むらさきのスカートの女』など、TikTokをきっかけに再注目を集めている本の魅力を詳しくご紹介します。

2020年、ミュージシャン・瑛人の『香水』がバイラルヒットするきっかけにもなった、ショート動画投稿アプリ「TikTok」。いまこのTikTokを通じ、過去に発売された小説が次々と売上を伸ばす現象が起きています。2010年代以降に発表された現代小説が中心ですが、そのなかにはなんと、1989年に発表された筒井康隆の名作も。

今回は、実際にTikTok動画を見て小説の内容がもうすこし知りたくなった方はもちろん、TikTokでいまどんな小説が話題か知りたい! という方に向けても、TikTokのクリエイターの紹介を通じて人気に火がついた小説のあらすじと、そのおすすめポイントをご紹介します。

TikTokから小説が再び売れ出したワケとは

「そもそも、どうしてTikTok発でいまそんなに小説が売れてるの?」と気になる方も多いかもしれません。

TikTokで小説紹介動画が注目されるようになったのは、2020年。TikTokではこれまでに、声優の花澤香菜による『恋愛サーキュレーション』が、Perfumeによるダンスカバー動画をきっかけに再注目を集めるなど、多くのミュージシャンの過去の名曲が弾き語りやダンスなどの動画を通じて再度ヒットする現象が起きていました。

その流れのなかで、脚本家・小説家の宇山佳佑による恋愛小説『桜のような僕の恋人』も、同様の動画を通じて話題となります。10代から絶大な支持を集めるミュージシャン・平井大の楽曲に合わせて小説を紹介する動画がきっかけとなり、「泣ける」という口コミでじわじわと書籍の売上が伸びるように。本書の発売自体は2017年ですが、2020年の夏以降、急激に人気作となり、現在は累計発行部数60万部を突破しています(本書は、Sexy Zoneの中島健人主演で2022年に映画化されることもすでに決定しています)。

現在では、TikTokを通じてさまざまな本の魅力を紹介する「小説紹介」専門アカウントも増えつつあります。その筆頭が、人気クリエイターである「けんご@小説紹介」さん。彼の動画ではホラーやミステリ、青春小説といった引きの強い作品の魅力がわかりやすく紹介され、コメント欄にも10代からの「気になる!」「買いました」といった声が溢れています。

特に大きく注目を集めたのは、小説家・筒井康隆による実験小説『残像に口紅を』を紹介する動画。

@kengo_book

これぞ文学の良さ。たまらん。##本の紹介 ##おすすめの本 ##小説 ##小説紹介

♬ 無音 – High-Resolution Raboratory

この30秒動画をきっかけに、『残像に口紅を』はAmazonや書店に注文が殺到する事態に。そのすぐに3万5000部の緊急重版が決まり、書店や出版業界にも大きな衝撃が走りました。TikTokでの小説紹介動画ブームは、いままさに盛り上がりつつあるのです。

『残像に口紅を』(筒井康隆)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07CMZZNPW/

ここからは実際に、TikTokで人気に火がついた小説の詳しいおすすめポイントをご紹介していきます。まずは、一大再ブームとなりつつある『残像に口紅を』。本書は、人気小説家の筒井康隆が1989年に発表したSF小説です。

主人公は、小説家の佐治勝夫という男。彼は、現実が小説以上に“虚構的”になってきていると感じており、それを凌駕するような“超虚構”をテーマとする小説──つまり、現実には到底追いつけないほどありえない設定の小説を書くことを追究していました。そんな佐治は友人の評論家から、こんな設定の小説を実践してみないか、と提案されます。

「(前略)もしひとつの言語が消滅した時、惜しまれるのは言語かイメージか。つまりは言語そのものがこの世界から少しずつ消えていくというテーマの虚構。それが今日ぼくの持ってきたプランなんだけど、現在君とぼくとがこうやって話している現実がすでに虚構だとすれば、この小説はもう始まっているわけだし、テーマ通りのことが冒頭から起っているということにもなる」

「いかに自分がそれを大切に思い、それに大きな感情を篭めていたかがわかるのは、それが失われた時、または失われてのちのことだ(中略)。そして当然のことだが、ことばが失われた時にはそのことばが示していたものも世界から消える」

始めは反論する佐治でしたが、しだいに“これは虚構なのだ。せいぜいが小説なのだ”と言い聞かせ、その言語ゲームをやってみようと思い立ちます。そして次の章からは、日本語の“音”をひとつずつ消していくというルールに則って、実際に本書のなかの言葉が「あ」と「ぱ」からランダムに消えていくのです。さらには“ことばが失われた時にはそのことばが示していたものも世界から消える”というルールがあるため、「ぬ」が失われた章では佐治の娘である「絹子」も世界から消えてしまうなど、さまざまな概念や感情が言葉とともに失われていきます。

実は本書、発売当初から世間に大きなインパクトを与えていました。出版社が本の後半の部分だけを袋とじの形で売り出し、「ここまで読んで面白くなかったという方はこの本を送り返してください。代金を返します」と但し書きをつけていたのです(※現在販売されている文庫本にこのしかけはありません)。

内容も売り出し方も非常に実験的な本書。バラエティ番組『アメトーーク』の「読書芸人」企画でカズレーザー氏が薦めたこともあるなど、本書は読書好きな人にとっても永遠の名作と呼べるような1冊です。文字がほとんど失われてしまう後半部では物語はどうなるのか、そして最後に消えるのはどの文字なのか──。衝撃的なラストは、実際に読んで確かめてみてください。

『むらさきのスカートの女』(今村夏子)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B07SHDXPSF/

TikTokで今夏に紹介動画が複数挙がり、じわじわと話題になりつつあるのが今村夏子による長編小説『むらさきのスカートの女』。本書は2019年に第161回芥川賞を受賞した作品でもあります。

著者の今村夏子は、とても読みやすくやわらかい雰囲気の文体を用いてどこか不穏な日常を描く小説の名手。本書は、主人公の「わたし」が「むらさきのスカートの女」と呼ばれている女性のことを気にかけ観察し続ける──というだけのストーリーですが、読み進めるうちにだんだんと、その“不穏さ”が浮き彫りになってきます。

むらさきのスカートの女は「わたし」の家の近くに住む、職を転々としている中年女性。どの仕事も長続きせず、休みの日には公園のベンチに座ってパンを食べることを習慣としているその女ですが、「わたし」にとってはなぜか気になる存在です。

つまり、何が言いたいのかというと、わたしはもうずいぶん長いこと、むらさきのスカートの女と友達になりたいと思っている。

と「わたし」は感じています。

求人情報誌が新しく発行されるたびにコンビニの雑誌コーナーまで取りに行き、それを専用シートに置くのはわたしの役目だ。(中略)なんと、むらさきのスカートの女がむらさきのスカートの女を受け入れる職場へ面接申し込みの電話をかけるまで、三カ月もかかった。この間、わたしは合計十回もコンビニに求人情報誌をもらいに行った。

いつ見てもパサパサ頭のむらさきのスカートの女だが、石けんで髪を洗っているのだろうか。昔、わたしがシャンプー工場でアルバイトをしていた時に手に入れた試供品がいまだに大量に余っているので、それで良ければ使ってほしい。

むらさきのスカートの女のことを心配するあまり、彼女が続けられそうな仕事にマーカーで印をつけたアルバイト情報誌を公園のベンチ(「わたし」はこのベンチを「専用シート」と呼んでいる)に置いたり、商店街で試供品を配る店員を装ってさりげなくシャンプーを彼女に手渡すなど、「わたし」の行動は徐々に異様さを増していきます。

本書を読んでいくうちに、始めはどこか世間からずれているように感じられたむらさきのスカートの女よりも、「わたし」の執念のほうが気になり始めるはず。しかし同時に、“正常”や“異常”といったジャッジはそれほどまでに変わりやすく、いつ自分に跳ね返ってくるかわからないということも思うはずです。長編小説が苦手な方でもさらりと読めてしまうような読みやすさと、あとに残り続ける不安や怖さを併せ持つ、名作です。

『変な家』(雨穴)


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B099WXTY6W/

『変な家』は、2021年7月に発売されたばかりの雨穴による書籍。雨穴はWebメディア「オモコロ」のメンバーとして活動しているWebライター兼YouTuberで、白いお面に真っ黒の服を身にまとった謎の多いキャラクターです。

雨穴の公式YouTubeチャンネルでは、毎回「皮膚おりがみ」「謎の部屋と弁当」「【奇妙なブログ】消えていくカナの日記」といったホラー性のある独特な動画がアップされており、コアなファンを集めています。『変な家』も、元々は「【不動産ミステリー】変な家」と題された1本のYouTube動画。本書は、この動画の続編を書籍化したものです。

本書は、表紙にも描かれている、一見ごく普通に思えるある家の奇妙な間取りを巡るストーリーです。物語は、このような説明から始まります。

あなたは、この家の異常さが分かるだろうか。
おそらく、一見しただけでは、ごくありふれた民家に見えるだろう。しかし、注意深くすみずみまで見ると、家中そこかしこに、奇妙な違和感が存在することに気づく。
その違和感が連なり、やがて一つの「事実」に結びつく。

それはあまりに恐ろしく、決して信じたくない事実である。

著者である雨穴がこの家に出会ったきっかけは、知人・柳岡さんからの相談でした。人生初の一軒家を買う決心をしたという柳岡さんから、静かな住宅街に建つ理想的な物件を見つけたものの、どうも間取りだけが気になる──という悩みを聞きます。

一階、台所とリビングの間に、謎の空間があるのだ。
ドアがないため、中には入れない。不動産屋に聞いても、よくわからないという。住む上で不都合はないが、なんとなく気味が悪いので、購入すべきか迷っているらしい。

知人の設計士にも相談すると、この“謎の空間”は意図的に作られたものであることがわかります。雨穴と設計士は、この家全体に漂う奇妙な違和感の正体は何なのか、そしてこの謎の空間が何のためのものなのか──という疑問を解いていこうと奮闘します。

違和感の理由が一つひとつ解かれていく構成は、よくできたパズルのようで非常に巧みです。ホラーやミステリが好きな方はもちろん、動画を見て続きが気になった方にもぜひ、“謎”の結末を見届けてほしい作品です。

おわりに

じっくりと作品の魅力を紐解いていく書評と比べ、TikTokのショート動画では、作品の目立つ魅力やフックになる展開がピックアップされた状態で紹介されます。だからこそ、どんな本を読もうか迷っている若い読者にとって「これ面白そう!」「続きが気になる!」と直感的に思える作品が広く届き、ブームを起こしているのです。これからも、TikTokを通じて話題になる書籍からは目が離せません。

初出:P+D MAGAZINE(2021/09/16)

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