【『スノウ・クラッシュ』ほか】“メタバース”を知るための書籍3選

2022年の最重要キーワードとも言われる「メタバース」。現実世界とは違う3次元の仮想空間を指すこの言葉ですが、最近耳にする機会は増えたものの、意味はよく知らないという方も多いのではないでしょうか。今回は「メタバース」の歴史や背景について詳しく知ることができる小説や解説書を、3冊紹介します。

2022年の最重要キーワードとも言われる「メタバース」。簡潔に言えば、メタバースとは、バーチャル上に構築された3次元の仮想空間を指します。2021年、Facebook社のマーク・ザッカーバーグが「メタバースを作る会社になる」と宣言し、社名を「メタ(Meta Platforms)」に変更したことをきっかけに、メタバースは一躍注目を浴びるようになりました。現在もさまざまな企業がメタバースに参入し続けており、その勢いは留まるところを知りません。

しかし、「メタバースってどこから生まれた言葉?」「AR(拡張現実)と何が違うの?」──などと、疑問に思っている方も多いのではないでしょうか。今回は、メタバースについてわかりやすく学ぶことができる解説書や、メタバースという発想の“原典”である傑作SF小説など、メタバースを詳しく知るための書籍を3冊紹介します。

“メタバース”の生みの親。伝説的SF小説、『スノウ・クラッシュ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09Q8DB3TG/

『スノウ・クラッシュ』は、『ダイヤモンド・エイジ』などの代表作を持つアメリカのSF小説家、ニール・スティーヴンスンによる長編SF小説。1992年に発表された本書は、メタバース(文中では“メタヴァース”表記)という言葉やアバターという概念を生んだ記念碑的作品として知られ、ラリー・ペイジやピーター・ティールといった名だたる起業家たちも、しばしば“必読書”として挙げている1冊です。

本書の舞台は、連邦政府の力が弱まり、さまざまな資本家たちによる“フランチャイズ国家”が国土を分割統治している近未来のアメリカ。主人公のヒロ・プロタゴニストは、注文された場所へ必ず30分以内にピザを届ける“高速デリバリーピザ”の配達人として生活している人物です。無法地帯と化した国家へピザを届けることも多々あり、配達人は常に危険と隣合わせの仕事でしたが、実はヒロには、凄腕のフリーランスハッカーというもうひとつの顔がありました。

ヒロの非常に狭い自宅には素晴らしい性能のコンピュータが置かれており、彼は帰宅するとすぐに、このコンピュータを前にして、ゴーグルとイヤホンを頭に装着します。

“顔の半分ほどが隠れる、ピカピカ光るゴーグルをかぶっていて、その両側に付いた小型のイヤホンが両耳に接続されている。(中略)
ヒロの目にはゴーグルから淡い光が当たり、明るく照らされた大通りがワイドアングルで映し出されている。無限の暗黒の中に広がる、若干歪んだ大通り。それは現実の大通りでなく、コンピュータが作り出した仮想世界の映像だ。”

ヒロが1日のほとんどの時間を過ごしているこの“仮想世界”こそ、オンライン上に築かれたメタバースなのです。

“コンピュータの内側から出たあらゆる色の細い光線は、上部の魚眼を通ってどんな方向へも放出される。この光線はマシン内部にある電子ミラーで制御され、テレビ内部の電子線がブラウン管の内側表面に像を作るのと同じように、ヒロのゴーグルに付けられたレンズに当たる。”

……と、三次元の映像に関する説明の古さこそ時代を感じさせるものですが、何百万という人々が現実世界と同じように大通りを歩いて行き交ったり、仮想空間内で土地を買い、家を建てられるといった描写などは、現代のメタバースの概念そのもの。このメタバースの中で、ヒロが奇妙な男から「スノウ・クラッシュ」なる謎のドラッグを手渡されるところからストーリーが動き出します。

本書は、2022年に生きる私たちが読んでも、奇想天外な発想とコミカルで小気味いい会話を存分に楽しむことができる良質なサイバーパンク小説です。VRゴーグルを開発した企業・オキュラスの創業者であるパルマー・ラッキーは、この小説の世界観を参考にしながら自社商品を開発したとのちにコメントしているほど。まさに本書は、小説が現実に接続し、未来のシナリオを大きく書き換えてしまった“伝説”そのものなのです。

メタバースプラットフォームの創業者による、もっともわかりやすい解説書──『メタバース さよならアトムの時代』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B09TT11YPF/

『メタバース さよならアトムの時代』は、日本発のメタバースプラットフォーム「cluster」の創業者として、メタバース事業の最前線を見てきた加藤直人による1冊です。本書はメタバースやVR技術にまつわる歴史からメタバース市場の現在、そして予想される未来像に到るまで、メタバースというキーワードをとてもわかりやすく、かつ網羅的に解説しています。

前述の通り、メタバースという言葉はニール・スティーヴンスンによる『スノウ・クラッシュ』の中で初めて用いられました。しかし加藤は、“メタバース”の単語そのものは使っていなくとも、“バーチャル空間に人間が入り込む”というメタバースと同様の発想は、1960~70年代のSF作品の中ではすでに見られたと指摘します。また、2003年にはバーチャル空間でアバターを身に着けて自由に動き回ることができる3D空間サービス「セカンドライフ」が一斉を風靡したことも、多くの人の記憶に残っているはずです。

そのような歴史と背景がある中で、“メタバースであることの条件”とは何なのか──。加藤は、メタバース領域への投資をおこなうベンチャーキャピタルのパートナーであるマシュー・ボールが2020年に発表した定義を紹介しながら、以下のような条件を提示しています。

“①(仮想空間が)永続的に存在する
②リアルタイム性
③同時参加人数に制限がない
④経済性がある
⑤体験に垣根がない
⑥相互運用性
⑦幅広い企業・個人による貢献”

⑥の“相互運用性”とは、異なるプラットフォーム間においても、アイテムやアバターなどを自由に持ち運びできる状態を指します(たとえば、Aというメタバースのプラットフォームで自分が身につけた衣服のデータや課金したアイテムのデータが、Bというプラットフォームでも問題なく運用できる、など)。

そして、これら7つの条件に加え、メタバースが従来のインターネットとより大きく異なる点を挙げるならば、“身体性があること”だと加藤は言います。

“メタバースはディスプレイの向こう側にデジタル世界が広がっている状態ではない。自分自身がデジタル世界の中に入り込み、その中に住んでしまっているという感覚が重要なのである。(中略)
マシュー・ボールはデジタルとフィジカル(身体)を行き来することがメタバースだとしているが、僕はむしろデジタルでフィジカル(身体)を実感できることがメタバースだと考えている。”

これがまさに、メタバース特有の“身体性”です。これは、自分が存在している日常空間に立体的なデジタル映像を浮かび上がらせるAR(拡張現実)とも、決定的に違っています。

メタバース・ブームが巻き起こっている現在、“メタバースの教科書”を謳う解説書は多数存在しますが、本書はメタバースの歴史から市場、技術発展までを平易な言葉で説明している良書です。メタバースの概要を知りたいという方にとっては、まずおすすめしたい1冊です。

メタバースの“原住民”による衝撃のルポルタージュ、『メタバース進化論』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4297127555/

『メタバース進化論──仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』は、2017年から“美少女アイドル”として活動している個人Vtuber(アニメイラストのアバターなどを着用し、バーチャル空間で活動するYouTuber)、バーチャル美少女ねむによる1冊。本書は、メタバースに精通しているVtuberの視点から、メタバースを支えるVR技術やソーシャルVR(交流やイベントなどをおこなうことができるメタバースのプラットフォームの総称)についての解説はもちろん、自身の体験やメタバース住人たちへの大規模な聞き取り調査を通じて、メタバースの世界を内側からレポートしたルポルタージュとなっています。

本書の冒頭で、著者は、2021年10月にFacebook社のマーク・ザッカーバーグがおこなった「メタ」への社名変更を、まさにリアルタイムでメタバース世界の中から見ていた──と語ります。

“その日も、いつものように自宅で仕事を終えた私は業務用のノートパソコンを折りたたみ電源を落とすと、ゲーミングチェアに腰掛けたまま、おもむろに腰と両足首にセンサーを巻きつけ、両手にコントローラーを握りしめました。
VRゴーグルを被り、目を開けると、そこは既にメタバースの世界。物理現実──みなさんのいる物理法則に支配された従来の世界──の自室よりもずっと広い白い部屋に私はいました。鏡には美少女アバター姿の私が映っています。現実の知り合いは誰も知らない、深夜だけの秘密の姿。バーチャル美少女「ねむ」としての私の時間の始まりです。いつものように鏡の前でくるっとまわって、手足の動き、スカートや髪の揺れ具合をチェック。にっこり笑って表情を確認します。私、かわいい。(中略)
「ねむちゃん、やっほー!」皆手を振って私に挨拶してくれます。
「やっほー!今日はみんな、どうしたの?」
「これからFacebookがメタバース事業について発表をするらしいよ。例の『新型』の発表もあるかも!」”

日常的にメタバース空間に集まっている住人たちは、マーク・ザッカーバーグによるメタバースのプレゼンテーションを退屈に感じ、ブーイングとともにその発表を見守ったと著者は振り返ります。メタバースの住人たちにとって、美少女アバターを始めとする“なりたい自分”の姿で生活することは、もはや未来の技術ではなく現実そのものなのです。

著者は、1200名のソーシャルVRユーザーを対象とした調査を通じ、メタバースでの恋愛経験や経済活動の状況といった、メタバース世界の現在を解き明かしていきます。メタバース住人たちの生の声を聞くことができる、非常に貴重かつ新鮮な1冊です。

おわりに

現実の自分の肉体を脱ぎ捨て、理想の身体(アバター)をまとって自由自在に空間を行き来する──。そんなSF小説のストーリーのようなできごとが、メタバース世界ではすでに、少しずつ現実のものとなってきています。メタバースのプラットフォームは今後も徐々に広がっていき、ライブや演劇、スポーツ大会といった体験イベントがメタバース世界の中で開催されることも、いま以上に増えていくことでしょう。

メタバースに関心を持ち始めた方やソーシャルVRをこれから体験してみたいと考えている方は、まずは今回ご紹介した3冊の本でメタバース世界を概観してみることで、その成り立ちや背景への理解が早まるはずです。

初出:P+D MAGAZINE(2022/05/12)

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