【『りんごかもしれない』ほか】絵本作家・ヨシタケシンスケのおすすめ作品
ポップな絵柄と独特のユーモアのセンスで、子どもと大人の双方から絶大な支持を集めている絵本作家・ヨシタケシンスケ。『りんごかもしれない』『りゆうがあります』といった大人気絵本を始め、これからヨシタケシンスケ作品を手にとってみたいという方におすすめの作品を5つ紹介します。
『りんごかもしれない』『りゆうがあります』といった名作絵本を次々と発表し、幅広い世代の読者から愛されている絵本作家・ヨシタケシンスケ。普段あまり絵本の世界に馴染みがなくても、その個性的な絵柄を書店やポスターを通じて目にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
全国の小学生16万人を対象にした「好きな本」の投票においても、なんとベスト10に選出された書籍のうち3作品がヨシタケシンスケの絵本である(※2022年実施の第3回“こどもの本”総選挙の結果より)など、その勢いは留まるところを知りません。
今回は、唯一無二の世界観を楽しめるヨシタケシンスケ作品の中から、まず手にとってみてほしい、おすすめの5作品の魅力を紹介します。
『りんごかもしれない』
出典:https://amzn.asia/d/dMWVy3Y
『りんごかもしれない』は、ヨシタケシンスケが2013年に発表した絵本です。イラストレーター・造形作家として多方面で活躍していたヨシタケにとって、本作が絵本作家としてのデビュー作となりました。
本作は、学校から帰ってきた子どもの“ぼく”がテーブルの上に置かれた1個のりんごを目にし、あれこれと想像を繰り広げるというストーリー。赤くて丸いりんごを見た“ぼく”はふと、
“……でも……もしかしたら
これは りんごじゃないのかもしれない。”
と考え始めます。最初は、
“もしかしたら おおきなサクランボの いちぶかもしれない。”
“それか なかみは ぶどうゼリー なのかもしれない。”
“あるいは むいても むいても かわかもしれない。”
“ぼくからみえない はんたいがわは ミカンかもしれない。”
などと、自分の視界から見えていない部分が、りんごからかけ離れたものである可能性に思いを馳せる“ぼく”。その想像はしだいに飛躍していき、
“そだてると おおきないえに なるのかもしれない。”
“りんごの ひょうめんを よくみてみると……ちいさな うちゅうじんが いっぱい いるのかもしれない。”
と、ファンタジックなものになっていきます。
その発想の幅広さやユニークさはもちろん、一つひとつの絵のディテールも大きな魅力。“おおきないえ”になったりんごからは螺旋状の階段が伸びていたり、ブランコやハンモックがついているなど、子どもが1ページ1ページを目を凝らして読みたくなるようなしかけが詰まっています。累計売上41万部を突破した、初めて読むヨシタケシンスケ作品としてまずおすすめしたいロングセラー絵本です。
『りゆうがあります』
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4569784607
『りゆうがあります』は、2015年発表の絵本です。“ハナをほじるクセ”や“ツメをかむクセ”を母に怒られてばかりの“ぼく”が、“クセ”を肯定するためのユニークな理由をあれこれと考える、というストーリーの本作は、大人から「行儀が悪い」と言われてしまいがちな子どもの振る舞いを微笑ましく見守るお話として、子どもからも大人からも支持されています。
物語の冒頭で、「あ! また ハナほじってる!」と“おかあさん”に指摘された“ぼく”は、恥ずかしそうにこう答えます。
“ち… ちがうよ! コレはハナを ほじってるんじゃなくて、”
“ぼくの ハナの おくには スイッチが ついていて、
このスイッチを たくさん おすと、あたまから「ウキウキビーム」が でるんだ。このビームは、みんなを たのしい きもちに することが できるんだよ。”
しかし、そんな“ぼく”の言い訳に対して、
“それなら おかあさんは もうじゅうぶんたのしいから、ウキウキビームは これいじょう ださないでくれる?”
と冷静に返す“おかあさん”。言葉は冷たいものの、闇雲に叱る前に“ぼく”の言い訳を最後まで聞き、その屁理屈をやや面白がっている様子からは、ヨシタケシンスケが子どもたちに向けるおおらかなやさしさが感じとれます。
本作の続編にあたる『ふまんがあります』と合わせ、よくない“クセ”が理由で大人から怒られたことのある子どもはもちろん、さまざまなことを厳しく言いつけてしまう“クセ”のある大人にもぜひ、一度読んでみてほしい1冊です。
『あるかしら書店』
出典:https://amzn.asia/d/dzmXwHG
『あるかしら書店』は、ヨシタケシンスケが2017年に発表した絵本です。町のはずれにある不思議な本屋さん、その名も「あるかしら書店」を舞台とした本作は、本好きで好奇心旺盛な子どもたちの想像力が刺激されるような1冊です。
「あるかしら書店」は、“本にまつわる本”の専門店。ここにはさまざまな“本にまつわる本”が置いてあります。
“店のおじさんに「〇〇についての本ってあるかしら?」ってきくと、
たいてい「ありますよ!」と言って奥から出してきてくれます。
今日もあるかしら書店には、いろんな理由で本を探しにお客さんがやってきます。”
という冒頭のモノローグの通り、本作は、多種多様な本を探しているお客さんのリクエストに、店主がさまざまな本を通じて答えていくという形式です。店主が店の奥から探し出してくる本はすべて架空の本でありながら、こんな本が本当にあったらおもしろいと思えるようなものばかり。
たとえば、“ちょっとめずらしい本ってあるかしら?”というお客さんのリクエストに店主が「ありますよ」と答えて持ってきたのは、本を種代わりにして庭に埋め、毎日世話をしてやることで木が生えてくる『「作家の木」の育て方』や、「とびだす絵本」ならぬ「とび込む絵本」や「かけ出す絵本」、「とけ出す絵本」を楽しむことができる『世界のしかけ絵本』など。作中に登場するユニークすぎる本の数々に、思わずページをめくる手を止めて見入ってしまうはずです。
本作はもともと、大人向けのPR雑誌に連載されていたお話を1冊にまとめたもの。ヨシタケシンスケは本書の刊行に際し、
“最近、絵本を書いていて思うのは、(子どもが読んで)全部が分かっちゃうと、あんまりおもしろくなかったりするんですよね。絵本のなかに、よく分かる部分と何かよく分からない部分、両方ちゃんと入ってるって、実は大事なんじゃないかなと思っていて。ここを読んでお母さん笑ってるし、お父さんなぜか苦笑いしてる。「これどういうことなんだろう?」って思うっていうようなことって、結構大事な気がしていて。それって大きくなりたい、もっと分かるようになりたいっていう気持ちになるひとつのきっかけにもなるわけで。”
(──『絵本ナビ』金柿秀幸氏との対談より)
と語っています。その言葉通り、作中の本にまつわるエピソードやしかけには、大人の読者が思わずクスッとしてしまいそうなスパイスがきいていますが、同時に子どもが読んでも奥行きを感じられるような作品にもなっています。
『みえるとかみえないとか』
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『みえるとかみえないとか』は、視覚障害者の世界をテーマにした絵本です。本作の相談・監修役を務めた伊藤亜紗は、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、『どもる体』などの著作を持つ美学者で、障害を通して人間の身体のあり方を研究している人物。本作は、ヨシタケと伊藤のタッグによって、ポップな絵柄と深遠さを持つストーリーが合体した1冊となっています。
主人公は、宇宙飛行士としてさまざまな星を飛び回っている“ぼく”。ある日“ぼく”が新しい星を訪れると、そこには3つの目を持つ異星人が住んでいました。
“このほしの ひとたちは、
うしろにも 目があるので
まえも うしろも いちどにみえるらしい。”
異星人たちは、目がふたつだけの“ぼく”を見ると、うしろが見えないのにまともに歩けるのかと心配し、「かわいそうだから背中の話はしないであげようね」と同情します。見え方が違うというだけの理由で気を遣われることに、どこか居心地の悪さを感じる“ぼく”。星のなかを隈なく調べてみると、そこには“ぼく”と同じようにうしろの目だけが見えず、ふたつの目で生活しているという人や、生まれつきすべての目が見えないという人も存在しました。すべての目が見えないという人の話に耳を傾けた“ぼく”は、その生活習慣の違いに驚きます。
“じぶんのよていはメモのかわりにろくおんしておく”
“「こえのでるとけい」か、「さわってじかんがわかるとけい」をつかう”
“いれものがおなじかたちだと たべてみるまで なにあじかわからない”
さらに、“みえない”からこそ聴覚や触覚を頼りに街を歩いているその人たちには、自分とは違った世界の“みえ方”があるのだと発見するのです。
本作は、決して教訓的にではなく、豊かでユニークな物語を通じ、自分とは違った身体を持つ人への想像力を育んでくれるような作品です。まだ小さな子どもはもちろん、小学校高学年や中学生の読者にもおすすめしたい1冊となっています。
『その本は』
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『その本は』は、芸人・芥川賞作家の又吉直樹とヨシタケシンスケによる初の共著です。
ある国の年老いた王様に「世界中をまわって『めずらしい本』について知っている者を探し出し、その者から、その本についての話を聞いてきてくれ。そしてその本の話を、わしに教えてほしいのだ」と命じられたふたりの男が、「本の話」を求めてそれぞれに旅に出るというあらすじの本作。ヨシタケシンスケのこれまでの絵本と比べると、漢字や難しい表現も多く大人向けの作品ではありますが、ポップでかわいらしい絵も相まって、子どもでも読める1冊です。
登場するふたりの男は1年間に及ぶ旅から帰ると、ひと晩ずつ、それぞれが聞いてきた本にまつわる話を交代で王様に聞かせていきます。
“その本は、とんでもない速さで走っているため誰も読むことができない。
人間の足では追いつかないのでチーターを走らせ、その本の表紙を読ませることには成功した。
いまはチーターが読んだ表紙のタイトルをどうやってチーターから聞き取るかをみんなで考えている。”
“その本は、双子である。双子だから形も内容もよく似ている。
二冊を見分けるには紙ヒコーキをとばすように空へ投げてみるといい。
投げると、ページを両側にひろげてパタパタと羽ばたき空中を舞うのが姉である。
投げると、「おい!」と言うのが妹である。”
“その本は、ページをめくるときの「ペラ」という音がちょっと早いです。まだめくってないのに「ペラ」と音がすることがあって、腹が立ちます。”
又吉による「その本」のエピソードは、どれもウィットに富んだショートショートのような仕上がり。一方のヨシタケが語る「その本」のエピソードは、
“その本は、ボンヤリしていた。輪郭も文字もボンヤリしていて、読むことができない。
長い間、謎の本とされてきたが、ある偶然から意外なことがわかった。
子どもには、読めるらしいのだ。小さい子であればあるほど、何かが読めているらしいことがわかった。
本の内容を聞き出そうと、さらなる研究が進められたが、言葉をおぼえ、何かを人に伝えられるようになると
どんどんぼやけて読めなくなってしまうのだ。
小さい頃にしか、読むことも理解することも、おぼえておくこともできない本である、ということだけはわかってきた。”
という絵本作家らしい発想のものもあれば、
“ソの本は、ファの本とラの本の間にある。”
という一発ギャグのようなものも見られ、多種多様です。一気読みするのはもちろん、気が向いたときに数ページだけ読むような、息抜きのための読書にもおすすめしたい、本を読む楽しさを思い出させてくれる作品となっています。
おわりに
ヨシタケシンスケの作品には、多くの大人がイメージするような、純粋無垢で嘘をつかない、愛らしい“子ども”は登場しません。そこにあるのは、ときには親の目を盗んでやるべきことをサボったり、叱られたらあれこれと言い訳を並べたりするような、等身大の子どもの姿です。
“大人は子どもに目標を持たせようとしますが、目標が無いとダメだというのは残酷だと思う。昔からネガティブな自分も描くことで救われてきましたし、もっと『大丈夫だよ』と子どもたちを安心させたいんです”
(──『タウンニュース 茅ヶ崎版』インタビューより)
というヨシタケ自身の言葉の通り、彼の絵本には、読んだ子どもがほっと安心するようなやさしさとユーモアが詰まっています。肩の力を抜いて読書をしたいときに、子どもにも大人にもおすすめできる唯一無二の絵本作家です。
初出:P+D MAGAZINE(2022/11/09)