【著者インタビュー】楠木 建『絶対悲観主義』/「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世にひとつもない」という前提で仕事をした方がいい
「物事はうまくいかなくて当たり前」 ベストセラー著者が説く〝肩の力が抜ける”仕事論についてインタビュー!
【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】
「思い通りにいかないのはおかしいと思っていたら生き苦しくなりませんか」
『絶対悲観主義』
講談社+α新書 990円
本書の章タイトルには「絶対悲観主義」「幸福の条件」「健康と平和」「お金と時間」「自己認識」「チーム力」「友達」など、興味深く身近な言葉が並ぶ(全14章)。ビジネスへの姿勢を綴りながら、文章はユーモラスで、重い荷物を下ろしたような軽やかな心持ちになる。例えばこんな感じ。≪ご安心ください。何も「自分に厳しい」わけではありません。僕は他人にはわりと甘いほうですが、自分にはもっと甘いタイプです。成功しなければならないという呪縛から自分を解放する。厳しい成果基準を自らに課さない。自分に対して甘い人ほど、絶対悲観主義は有効にして有用です≫。
楠木 建
(くすのき・けん)1964年東京都生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。著書に、「ビジネス書大賞2011」大賞を受賞し30万部を超えるベストセラーとなった『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』のほか、『「好き嫌い」と経営』『戦略読書日記』『室内生活 スローで過剰な読書論』『逆・タイムマシン経営論』などがある。
ぼくのような性分だとこう考えるのが一番しっくりくる
「自分の思い通りにうまくいくことなんて、この世の中にひとつもない」―。そういう前提で仕事をした方がいい、というのが楠木建さんの『絶対悲観主義』だ。
GRIT(困難に直面してもやり抜く力)とかレジリエンス(逆境から回復する力)といった言葉がもてはやされる昨今、一橋ビジネススクール教授で「競争戦略」の第一人者から、「仕事なんて、きっとうまくいかない」と言われると、「え、そうなの?」と驚く。驚きつつも、具体的に、笑いもまじえてわかりやすく説明されると、ビジネスの第一線にいなくても、なるほど、と思うことが多い。
「大前提として、こういう考え方に賛同するかどうかは、その人の気性によるところがすごく大きいです。自分の限界に挑戦しようとするアスリートタイプの人だと、『何言ってんだ』と思うかもしれません。
ぼく自身、一般的にこれが正しい考え方だとは思っていません。ぼくのような性分だとこういうふうに考えるのが一番しっくりくる、というだけの話です」
楠木さん自身の仕事の哲学を著した本は多くの読者に読まれているが、中には、「自分はやっぱり楽観主義でいきたい」という感想を書いてくる人もいたそうだ。そういう人に無理に自分の主義を押し付けるつもりはない、と言う。
「ただですね、仕事である以上、全部自分の思い通りになるなんて変だと思うんです。仕事は趣味ではありませんから。趣味であれば100%自分が楽しければそれでいいけど、仕事にはお客さんがいます。お客さんというのは、自分の思い通りにならない人で、その意味では上司や部下も『お客さん』です。
どんなに力のある経営者でも、無理やり、自分の会社の商品やサービスを買わせることはできません。いくら宣伝したところで、最終的な決定権というのは消費者自身にしかない。そもそも、仕事っていうのは自分の思い通りにならない人に向けてやるものです。そうした本質を考えると、仕事が自分の思い通りにうまくいくと考えること自体、おかしな話です」
うまくいかないと思って、結果的にうまくいったら、そのぶん成功の喜びも大きい。うまくいかなくても、やっぱりそうかと思うだけで、ダメージはいくらか軽減できる。
それなのに、これが自分のこととなると、「思い通りにいく方がおかしい」という感覚をもつのはなかなか難しい、とも思う。どうしても、「うまくいくのでは」とぼんやり期待してしまうからだ。勝手に期待して、勝手に裏切られた気持ちになる。
たいていのことは 「気のせい」です
新型コロナウイルスの感染がいつ収束するか、いまだに見通しがたたない。大規模な台風被害に見舞われ、この先、大地震が起こるかもしれない。円安に株価の低落、停滞する経済状況。先行き不透明な世の中に向き合うためにも、いまこそ「絶対悲観主義」は必要かもしれません。そう水を向けても、「そんなことはありません」と楠木さんは否定する。
「台風なんて毎年来るものじゃないですか。夏は暑すぎるってぶつぶつ言う、同じ人が、冬になれば寒すぎるって言うんですよ。人口が増えているときはなんとかして人口増を食い止めなければと言い、減り始めたら人口減が諸悪の根源だと言う。人間の認識の構造がそうなっているんです。この本がどう読まれるかはぼくのあずかり知らないところで読む人の自由ですけど、時代背景はあまり関係ないと思っています。
結局、思い通りにならないのが嫌だと思っているから、台風が気になって、大変だ、って思うわけです。思い通りにいかないのはおかしい、間違っていると思っていたら、生きてるだけで苦しいことばかりになっちゃいますよ。あっさり言うと、たいていのことは『気のせい』です。『気のせい』ですまないのは戦争と病気ぐらい」
戦争を抑止するための、かなり思い切った楠木私案が本では紹介されているので、読んでみてほしい。
企業のウェブメディアで連載していたコラムが本のもとになっている。テーマを決めず、その時々、自分が思うことを書くスタイルなので、書籍化するにあたっては、「絶対悲観主義」というテーマに沿って取捨選択し、手を入れたそうだ。
仕事を通して、多くの個性的で魅力のある経営者に会ってきた。ファーストリテイリングの柳井正さん、ソニーの出井伸之さんほか、仕事で接したことのある、そうそうたる人物の、それぞれのスタイル、人となりを表すエピソードがどれも興味深い。
会ったことはないそうだが、本田宗一郎と二人三脚で本田技研を創業した、藤沢武夫にまつわる話も印象に残る。藤沢が退任を決めると本田も退任する。株主総会の後、本田が「まあまあだったな」と言い、藤沢も「そう、まあまあだな」と返す。それだけでグっとくるが、この後、唯一無二のパートナーだった2人が公式の席で会うことはなかった。
「本田さんの集まりになぜ行かないんですか、と聞かれて、藤沢さんは『趣味じゃない』と答えたそうです。ほんとにその通りなんだろうな、って思いますね。その人固有の価値基準こそが人間にとって一番大切で、その人たらしめているものなんですよ」
読書家で、歴史への関心も深く、これまでに膨大な数の本を読んできた。その中で心に残った「痺れる名言」を紹介する一章が設けられているほか、「失敗は裏切らない」「記憶こそ人間の最大の資産」「健康問題は教養問題」「新聞雑誌は寝かせてよめ」といった、楠木さんオリジナルの「名言」も、数多くちりばめられている。
「ぼくが興味あるのは、人間と社会です。人間が構成する社会に強い興味があるから、その一つの表れとして歴史に興味があります。未来予想と違って確定した事実ですから、人間と社会について考えるときに重みがあるんです」
SEVEN’S Question SP
Q1 最近読んで面白かった本は?
オデッド・ガロー『格差の起源』(NHK出版)。常井健一『おもちゃ 河井案里との対話』(文藝春秋)も面白かったです。なんでこんなばかなことをしたのか。彼らの中にある必然が知りたくて。
Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
ぼくはあまりフィクションは読まないんですが、例外的に、先日、亡くなった西村賢太さんの本は出たら必ず買って読んでいました。
Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
一番、影響を受けた本というなら、高峰秀子『わたしの渡世日記』(文春文庫)。傑作だと思います。
Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
遅ればせながら映画『孤狼の血』のパート2を見まして、ちょっとやりすぎかなと思いつつ、往年の東映路線を楽しみました。『仁義なき戦い』などの東映の実録もの、海外だったらギャング映画が大好きなんです。
Q5 最近気になるニュースは?
何か悪いことをした人を批判する人たちが気になります。けしからんとか不謹慎だとか、なんでみんな自分のことを棚に上げてああだこうだ言うのかな、と興味深い。
Q6 趣味は何ですか?
基本的に無趣味で非活動的な人間ですけど、ずっとやっているバンド活動。音楽は唯一、能動的にやっていますね。
Q7 何か運動をしていますか?
早く仕事を始めてなるべく早く終えるようにして、週に3、4回、近所のジムに行っています。体を積極的に使う仕事ではないので。
●取材・構成/佐久間文子
(女性セブン 2022年10.27号より)
初出:P+D MAGAZINE(2022/11/13)