【現代短歌界のエース】歌人・木下龍也のおすすめ作品

『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』といった話題の歌集を次々と発表し、現代短歌ブームを牽引する歌人のひとり・木下龍也。彼の短歌にあまり触れたことのない読者に向けて、特におすすめの歌集・書籍を4作品紹介します。

人気ドキュメンタリー番組「情熱大陸」への出演で注目を集めるなど、いまもっとも勢いのある歌人・木下龍也。木下は、『つむじ風、ここにあります』『きみを嫌いな奴はクズだよ』といった話題の歌集を次々と発表してきたほか、短歌教室を定期開催したり、依頼主からのお題をもとに、相手に宛てたオリジナルの短歌を詠む「あなたのための短歌1首」のようなユニークな試みをおこなったりと、短歌の世界で

今回は、そんな木下龍也の短歌に初めて触れるという方のために、おすすめの歌集や著作を4作品紹介します。

『つむじ風、ここにあります』


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『つむじ風、ここにあります』は、木下龍也が2013年に発表した第1歌集です。

木下は2011年、書店で穂村弘の歌集『ラインマーカーズ』に出合い、現代口語短歌の自由さに衝撃を受けて短歌を詠み始めたと自著で綴っています。短歌を募集するWebサイトや新聞歌壇などにたびたび自作の短歌を投稿していた木下。第1歌集には、初期に詠まれた短歌の中から264首が収録されています。

“花束を抱えて乗ってきた人のためにみんなでつくる空間”

“中央で膝を抱える浴槽の四方のバブが溶け終わるまで”

これらの歌に見られるように、木下の短歌は、平易な言葉遣い再現性の強いイメージを特徴としています。1首目にある混み合った電車の中のやりとりや、2首目の入浴剤を前にしたワンシーンなどは、誰しもが即座に思い描くことのできる光景であり、「あるある」と共感してしまうような歌です。

それに加え、木下は、日常の中の些細な1コマを異化し、詩的な風景へと変貌させることも得意としています。

“雑踏の中でゆっくりしゃがみこみほどけた蝶を生き返らせる”

“つむじ風、ここにあります 菓子パンの袋がそっと教えてくれる”

“B型の不足を叫ぶ青年が血のいれものとして僕を見る”

1首目はスニーカーの紐を結び直す一瞬をとらえた歌ですが、蝶々結びされていた紐を“ほどけた蝶”になぞらえることで、非日常的な光景を生み出しています。また、3首目では、献血ルームのアルバイトと思しき青年から自分に向けられる視線を“血のいれものとして僕を見る”と表現することで、ごくありふれたシーンが反転し、残酷さを感じさせるものになっています。

本書は、木下の短歌に関心がある方はもちろん、現代短歌の歌集を読んでみたいけれど、どれから読み始めればよいか迷うという方にとってもおすすめの1冊です。

『きみを嫌いな奴はクズだよ』


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『きみを嫌いな奴はクズだよ』。一読して思わずドキリとするようなタイトルの本書は、木下が2016年に発表した第2歌集です。

“オレンジの一本足を曲げられてカーブミラーは空を映した”

“銀幕を膀胱破裂寸前の影が一枚ゆらゆらとゆく”

車の衝突事故をドラマティックなものに豹変させてしまう1首目や、映画館でトイレを我慢していた人の“影”のほうにスポットをあてる2首目のように、第1歌集に続き、日常のワンシーンを詩的な風景へと昇華させる短歌は健在です。しかし本書ではそれだけでなく、空想や架空のストーリーを扱いながらも、どこか現実のリアリティを感じさせるような歌が多く見られます。

“幽霊になりたてだからドアや壁すり抜けるときおめめ閉じちゃう”

“あの虹を無視したら撃てあの虹に立ち止まったら撃つなゴジラを”

“欠席のはずの佐藤が校庭を横切っている何か背負って”

“ひらがなのさくせんしれいしょがとどくさいねんしょうのへいしのために”

幽霊になってもなお、生きていたときの感覚が忘れられない人物の様子を茶目っ気のある言葉遣いで描いた1首目は、思わず微笑んでしまうような可愛らしい短歌。一方の2首目から4首目は、独特の緊迫感を醸し出す歌になっています。

3首目では、名指しされている“佐藤”という学生の存在感と得体の知れない“何か”の対比が活き、これから学校で佐藤がなんらかの事件を起こすのではないかという不穏さや不気味さがよく表れています。また、4首目では、文字通りひらがなで表記された“ひらがなのさくせんしれいしょ”が、漢字の読めない最年少の兵士のために出されたものであるというリアリティを生み、手触り感のある恐ろしさを演出しています。

日常の見方がほんのすこし変わるような何気ない歌から、壮大でありながらもどこか他人事と思えないような物語を詠んだ歌まで、木下の作品世界の幅広さ・奥深さを堪能することができる1冊です。

『あなたのための短歌集』


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『あなたのための短歌集』は、2021年に発表された木下の歌集です。本書は、依頼者からメールで届く「お題」を受け、木下がその人のためだけに短歌を詠んで便箋で送るプロジェクト、「あなたのための短歌」を1冊の本にまとめたもの。本プロジェクトのために木下が4年間で詠んだ700首のうち、100首が収録されています。

依頼者からの「お題」は実にさまざま。たとえば、

“長い間、片想いしていた相手がいます。もう前に進もうと決めました。背中を押してくれる短歌をください。”

“高校で美術の先生をしていますが、学校が好きではありません。これからも頑張って働いていける勇気をもらえる短歌をお願いします。”

といった、木下に対する「お悩み相談」のようなお題もあります。このようなお題に対しては、

“ふりむけば君しかいない夜のバスだから私はここで降りるね”

“先生は光の当たらない面を見つめるための時間をくれる”

と、読む者をはっと立ち止まらせ、その肩をやさしく抱くような短歌が贈られています。

また、「鶏肉」のような言葉のみのお題に対しては、

“ささみ・むね・もも・すね・てばにわけられて天国でまたにわとりになる”

と、ユーモラスでありながら、同時に切なさも感じさせるような意外性のある短歌が詠まれています。

木下はこのプロジェクトに関して、自分が新聞や雑誌への投稿から短歌を始めたこともあり、“短歌を自分の元に置いておくのが性に合わなくて、作った瞬間どこかに出したい”のだと語っています(本書刊行時のインタビューより)。“自分のため”でなく、いつも他者に向けて短歌を詠んできたと公言している木下らしい1冊です。

『天才による凡人のための短歌教室』


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『天才による凡人のための短歌教室』は、木下が過去に開催した短歌教室の内容を1冊の本にまとめた短歌の入門書です。口語短歌に興味があり、自分でも短歌を作ってみたいという人に向けた、作歌のための基本的なテクニックや心得が多くの実例つきで綴られています。

木下は、初心者が自分のオリジナルの短歌を作れるようになるまでの最初のポイントとして、さまざまな歌集を読み込み、その中から“歌人をふたりインストールする”ことを勧めています。

“歌集を読んでいくうちに好みの歌人が見つかるだろう。そのなかからふたりを目標とし、徹底的に真似をしてインストールしてほしい。目標がひとりだとただの真似、なんかあの人っぽいですね、で終わってしまう。ふたりであることによってそれらがあなたのなかで混ざり合い、「あの人っぽさ」から距離を取ることができる。”

木下は、自身にとって目標とするふたりの歌人は穂村弘と吉川宏志であったことを振り返りつつ、

“真似をして真似をしてはみ出る部分がオリジナリティと呼ばれるものだ。オリジナリティは気にしなくても読者が見つけてくれる。自分で無理やり出そうと焦る必要はない。”

と読者の背中を押します。

また、歌集を読み込むだけでなく実際に街に出て、想像だけではたどり着けないリアリティのある光景を目にし、集めていくことも歌人にとって欠かせないと言います。

“例えば中華料理屋を隅々まで想像してみよう。短冊に書かれた手書きのメニュー、鍋を振る音、食欲をそそる匂い、べとべとの床、べとべとのテーブル、しかめっ面のオヤジ。でも僕が実際に行って発見したのは油で黒ずんでいる中華料理屋の電話の子機のボタンだった。そういうものを街へ出て、積極的に採取していこう。”

このように、木下は自身の短歌のアイデアの源泉や構造を、本書の中で惜しげもなく披露してくれています。短歌教室の生徒が実際に詠んだ歌を題材にした推敲例も多数掲載されているので、これから短歌を始める人にとっては参考になること間違いなし。現代短歌を詠んでみたいと思ったらまず目を通しておきたい、必読の入門書と言えます。

おわりに

木下は『天才による凡人のための短歌教室』の冒頭で、さまざまな表現方法があるなかで、自分が選ぶのが短歌でなければならない理由を読者に問いかけています。そして、「いまこの瞬間」を切り取りたいのであれば写真や俳句といった優れた表現方法があるけれど、短歌は“思い出”を書くためには最適なツールだと語ります。

“短歌は過ぎ去った愛を、言えなかった想いを、見逃していた風景を書くのに適している。それらを、あなたがあなた自身のために、あなたに似ただれかのために、結晶化しておくには最適な詩型だ。記憶の奥にある思い出せない思い出を書くことには最適なツールなのである。思い出とはこれまでだ。そして、これまでに起きたことはこれからも姿かたちを変えて必ず起こる。だから、これからを生きやすくするための御守りとして役に立つ。”

ここで綴られている通り、短歌は“これからを生きやすくするための御守り”にもなりうるということを、彼の短歌を読んでいると感じる読者も多いのではないでしょうか。

どこにでもある光景を別の位相へと移し替えてしまう、鮮やかなマジックのような木下の詩世界。現代短歌にはあまり馴染みがない方が初めて手に取る歌集としても、木下の作品はおすすめです。

初出:P+D MAGAZINE(2022/12/05)

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