週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.91 広島蔦屋書店 江藤宏樹さん
『ゴリラ裁判の日』
須藤古都離
講談社
第64回メフィスト賞受賞作品であるのだが。私にとってメフィスト賞は、目が離せない新人賞のひとつだ。それはなぜか。
もともとメフィスト賞とは、雑誌メフィストで始まった賞である。雑誌メフィストは主にミステリ作品が中心でその他SFや伝奇小説など幅広くエンターテインメント小説を扱う雑誌である。始まった当初のメフィスト賞には原稿の枚数の上限が無かった(現在は上限が設けられている)。そのため、新人賞としてはあるまじき、原稿用紙3500枚の小説などが受賞したこともある。
なぜこのような非常識な賞ができたのかというと、京極夏彦のデビューがその創設のきっかけとなったのではないかという話は有名である。京極夏彦は、自身の本職の合間に小説を書いていて、完成させたのだが、それは原稿枚数が多すぎて、既存の新人賞では、応募要項にはまらなかったらしく、仕方なく講談社に直接持ち込みをした、というのが、あのデビュー作『姑獲鳥の夏』なのである。
その後も、森博嗣、清涼院流水、舞城王太郎などがこの賞からデビューしている。
このメフィスト賞はミステリやSFを対象としているというイメージがあるが、実は全くそんなことはなく、最近の作品では、全くミステリ要素の無い素晴らしい青春小説である『線は、僕を描く』なども受賞しており、どんな作品が飛び出すかわからない賞なのである。
さて、ここで今回紹介する作品だが、まずタイトルが怪しい。ちょっとふざけているようにも感じる。そして、登場するのは手話によって完全に人間とコミュニケーションが可能になった、言葉を得たゴリラのローズである。彼女の夫が人間の子供を助けるためという理由で、無惨にも銃で射殺されてしまう。彼には子供に危害を加える気はおそらく無かったのに、である。
ローズは夫のため、その不条理を正すため、人間との裁判に臨む。
というストーリーだ。読み始めて最初は、もしかしたらバカミスなのかもしれないと警戒して読んでいたのだが、ローズの過去のストーリーを読んでいると、物語は重厚で、そして温かく、またシリアスでもある。彼女は仲間を得て、職を得て、そして敏腕弁護士を得て、裁判へと進んでいく。その裁判で語られるのは、人間とは? ゴリラと人間の違いはなんなのか? そしてそこに当てはめるべき正義とは。
重厚でありシリアスな物語展開と、仰天のロジックで進められる裁判に圧倒されて、思わず一気読みしてしまった後は、なんかすごいものを読んでしまった、という打ちのめされたような感覚だった。人間なら読んでおきたい必読の1冊です。
あわせて読みたい本
『法廷遊戯』
五十嵐律人
講談社文庫
同じメフィスト賞受賞作品で、しかも法廷(模擬法廷ではあるが)が舞台のこちらは、法廷ミステリの魅力に溢れた作品です。ロジックを積み上げて読者を煙に巻きつつ、最後に驚かす、というミステリの醍醐味は、法廷ものに非常によく合っています。二転三転する事件の行方はいったいどこへ向かうのか。法廷ものに興味を持たれたら、こちらもぜひおすすめします。
おすすめの小学館文庫
『ザ・プロフェッサー』
ロバート・ベイリー
訳/吉野弘人
小学館文庫
非常に痛快な法廷ミステリです。リーガルサスペンスものに興味を持ったあなたにはぜひこの『ザ・プロフェッサー』シリーズをおすすめします。シリーズ第一作をまずは読んで欲しい。主人公のトムは、学生時代はフットボール部で全米チャンピオンとなり、卒業後は弁護士をしていましたが、恩師に誘われてロースクールの教授を長年務めていました。そのトムの弁護士としての復活劇。熱い戦いに胸が震えます。