週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.111 未来屋書店石巻店 恵比志奈緒さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 未来屋書店石巻店 恵比志奈緒さん

 靄の立つ入り江に、ひとつの影が浮かぶ。

 短い眠りの間に、網戸を抜ける夜風が勢いを強め、部屋には潮の匂いが満ちていた。重い湿り気を帯びた風は膜のように皮膚に貼りつき、体にもカーテンにも寝具にも、あらゆるものに海が染みてくるような心地がする。窓際に置いた本棚を案じ、起き上がって窓を閉め、再び寝台へと戻る。

 微睡みつつ夜に耳を澄ます。風の音。往来するバイクの排気音。トラックの積荷かなにかが弾んで揺れる音。車のタイヤがアスファルトに削られながら滑っていく音。爆竹の音。叢に虫の鳴く声。

 かつてはこの辺りまで海の音が届いたのだという話を思い出しながら、私は眠りへと引き戻されていく。眠りに落ちる間際、吹き荒れる風の合間に、かすかに地鳴りのような響きを感じる。

『入江の幻影』書影

『入り江の幻影』
辺見 庸
毎日新聞出版

 本書『入り江の幻影』は、辺見庸が2013年から2023年にかけて発表した文章に、序文をはじめ数本の書き下ろしを加えた作品集だ。

 著者は今がまさに次なる戦前であるのだという予覚と危機感について度々記してきたが、近年の社会における幾つかの大きな出来事を経て、予覚は段々と色濃くなり確信へと(つまりは副題にある「戦時下」へと)変わったのだということが、本書からは見て取れる。

『言葉がもっともよくとどくのは、語り手(書き手)も聴き手(読み手)もまったくの「個」であるときだけです。徹底的に孤立的な個であればあるほど、言葉は人の胸に届くのではないか。』(「瓦礫の中から言葉を わたしの〈死者〉へ」NHK出版)と著者は以前語っていた。

 広い眼界を持ち、何者にも迎合せず、理論や形式を超えて心の深部を震わせ読み手の知性を涵養するような著者の言葉は、私にとって仄暗い安らぎであると同時に、強烈な光でもある。その光はまるで、人間存在あるいは社会が内包する病んだ臓腑をあばく無影燈———つかみ、引きずり出し、無二の表現でもってその病巣を晒してしまう容赦のない光———のようだ。その光は外界のみならず自分自身へも及び、ときに著者の思考は自身への問いかけを繰り返しながら抽象的な風景の中を彷徨う。序文の中で「俺」が訪れる入り江近くのパルプ工場然り、そのような文章の中で描かれる海辺の風景には、著者の生まれ育った石巻の雲雀野の眺めが重なる。

 漠とした夢の中を潮の匂いに導かれ、入り江に下る道を私は歩いてゆく。

 ふいに裸足の蹠をなにかが掠める。よく見るとそれは朽ちた言葉の死骸なのだ。主人に見変えられたのち捨てられ息絶えた言葉たちは忘却の砂子にまみれ、水棲生物の萎びた死骸のように干涸び縮んで、眼路を埋め尽くしている。

 真なる言葉はこれからも削られていくだろう。実体のない正義が台頭し、姿のない歓声と熱狂がそれに応えるだろう。そのとき私はどこまで「個」でいられるだろうか。華々しいパレードの孕む空虚を目の当たりにして、群衆の中ひとり声を上げられるのだろうか。

 靄の立つ入り江に、ひとつの影が浮かぶ。 足元の屍を踏みつけて、私は歩いてゆく。あの水辺まで。声の届くところまで。

 

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