採れたて本!【デビュー#10】

採れたて本!【デビュー】

 時は1795年、フランス革命の頃。主人公は、靴職人の若者、ネビル。愛する妻は妊娠中で、第一子の誕生を心待ちにしているネビルだが、義父に誘われて入った地元ソールズベリーの酒場で、不運にも英国海軍の強制徴募隊(プレス・ギャング)に遭遇する。当時の英国海軍は、フランスとの長引く戦争による人員不足を補うため、18歳以上の健康な男子を無理やり連行し、水夫として軍艦に乗り組ませていたのである。

 ネビルは、靴職人仲間のジョージともども、有無を言わさず捕らえられてしまう。気がつけば海の上。500人を超える水夫が働く巨大な戦列艦ハルバート号のいちばん下っぱの乗員となり、奴隷のようにこき使われる日々が始まった……。

 ネビルが水夫の心得をゼロから叩き込まれ、軍艦生活にじょじょに(いやいやながら)慣れていく導入は、《海の男/ホーンブロワー》シリーズ(ハヤカワ文庫)を彷彿とさせる英国海軍小説。実際、本書の巻頭には、館の間取り図のかわりに、帆船のマストと索具、帆とヤード(帆桁)の名称を記した図解がついている。それまで船に乗った経験が皆無だったネビルとともに、読者も少しずつ〝帆船軍艦〟の日常に慣れていく仕組み。

 といっても、本書は海洋小説ではなく、本格ミステリの新人賞「鮎川哲也賞」(第33回)を射止めた長編(応募時タイトル「北海は死に満ちて」)。しかも、2021年、22年の同賞は「受賞作なし」だったため、3年ぶりの受賞作として、本格ミステリファンの大きな期待を背負い、満を持して刊行されたことになる。

 というわけで、いよいよ最初の死体が転がるのは、全体の3分の1を過ぎたあたり。本格ミステリとしてはゆっくりめの展開だが、過酷な訓練や艦内の人間関係のあれこれが実に面白く書かれているので、まだるっこしい印象はまったくない。最初の事件の現場は、新月の夜の真っ暗な甲板。被害者は水兵のホーランド。凶器は道具箱から消えた金槌と推定される。だが、真の闇の中、犯人はどうやって相手を見分けたのか?

 事件解決を命じられた五等海尉ヴァーノンは調査に着手。関係者から事情を聴取し、推理を組み立てるが、やがて第二、第三の事件が……。

 フランス軍艦二隻との迫真の戦闘場面と、営倉の密室で射殺死体が見つかる不可能状況下の殺人事件が並列され、さらに艦内の不満分子の策動も描かれて、物語は錯綜していく。

 しかし、「簡潔に説明できるトリックで最大の驚きが描けることを目標にしたい」と著者みずから語るとおり、小説の中心に宿るのは本格ミステリ魂。最後はシンプルかつ鮮やかな謎解きを見せてくれる。さらに、読み心地のよさも特筆すべきだろう。

 著者の岡本好貴は、1987年、岡山県生まれ。鳥取大学大学院修了。鮎川哲也賞の最終候補に選出されること5度目にして、ついに本書で栄冠を勝ち取り、デビューを果たした。

帆船軍艦の殺人

『帆船軍艦の殺人』
岡本好貴
東京創元社

評者=大森 望 

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