週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.101 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

『新古書ファイター真吾』書影

『新古書ファイター真吾』
大石トロンボ
皓星社

 新古書店は新刊書店の敵か? 新刊書店に30年も身を置く本屋のオヤジとしては、ブック●フ等の新古書店は悩ましき存在であった。かつては万引きの温床として、現在はせどり、転売ヤーの暗躍の場として、それよりも新刊本の売行きへの影響を懸念して、その存在に疑問を抱き、頭を悩ませる新刊書店員は私も含めて多くいたはずだ。しかし、今、そんなことを思う人もそれほど多くはなくなったのではないか。

 読者が身近に本に触れる場、子どもたちがなけなしの小遣いで本を手に入れる場、新刊書店ではもう手に入らない本を探し出し、発見の喜びを得る場として、日本の本文化を別の面から支えて来た新古書店は、新刊書店との両輪で存在し続ける意義は決して小さくないはずだし、お互いに牽制したり批判したりする間柄ではもはや無いだろう。

 そして、もし日本に新古書店が無かったら、ここに紹介する漫画家とその作品は存在しなかったのだ。

 新古書ファイター真吾。

 彼は、〝ブックエフ〟(作品中の店名です)の常連客、いやマニアとして、欲しい本、価値の高いお宝を、よりおトクに、よりよい状態で探し求める青年。せどりと戦い、バーゲンセールに目を光らせ、本のためならスイーツもポテチもドリンクも我慢し、欲しかった本を手に入れる度に感動し、落涙し、失敗する度に嘆き、悔しがり、吐血しながら、価値ある古本を手に入れるために日々奔走し続ける。

 実際に私たちが古本漁りに吐血するほど一喜一憂していたらとても身がもたないが、本当は誰もが心の中で万歳をしたり、地団駄を踏んだりしている筈だ。そんな真吾の喜怒哀楽に満ちたキャラクターは、作者大石トロンボの分身であり、読者の分身なのである。

 今のご時世、物価は上昇し続け、仕事も生活も厳しく苦しくなるばかりで、消費者が本を買わなくなったのは、消費社会の中の選択肢の問題ではなく、明らかに家計の問題。みんな本を買わなくなったのではない。買えなくなったのだ。本に限らず、みんな本当に好きなことを我慢して生きている。そんな時代に何を大事に、拠り所として生きていけばいいのか?

 それは、やはり自身にとって心から好きなもの、好きなことを見つめ直し、こだわり続けることではないか。そのために、多少のやりくりや苦労は惜しまない。この本は、本気で読者にそんなメッセージと勇気を与えてくれる。

 もしやすると、セコい、ダサい、カッコ悪い執着に映るかも知れない新古書店での古本漁りを、作者の大石トロンボはコンプレックスからの大逆転で、楽しく、堂々たる生き方に昇華させてみせたのだ。決して大袈裟な話ではなく、誰の心にも様々な形で潜むコンプレックスを解き放つ力を持った本なのだ。

 強烈なインパクトの画、冴え渡るギャグ、とてつもなく魅力的なキャラクターたちの真剣でどこか滑稽な姿に、笑いを通り越して親近感を抱き、同化し、気がつけばみんな自分の物語として読んでしまうに違いない。

 改めて新古書ファイター真吾とは誰か?

 それは本を愛し、本屋を愛し、本や本屋を愛する人たちを愛する、そんな本の生み出した読者たちの姿なのだ。

 これほど深く大きな本への「愛」に溢れた本は無い。その「愛」を嗤い、本との出合いの感動を忘れた者は、このオレが許さん。

 

あわせて読みたい本

『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』書影

『ブックオフから考える
「なんとなく」から生まれた文化のインフラ
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青弓社

 では新古書店とは実際に日本の文化にどういう影響をもたらしたのか。代表的なチェーン店 ブックオフ。その大きな存在は時として社会学的に論じられ、一方でその弊害から多くの批判も湧き起こった。著者が新たに持ち込んだのは、ブックオフの根底にあるのは「なんとなく性」だという切り口。書店員の目利きや売ろうという思惑で並ぶ新刊書店の棚とは違い、買い取り後にそのまま売り場に出され、ただそこにある本たち。その存在感を「なんとなく」と表現することから始まり、現代のインフラとしてのあり方、人々にとっての居場所としての機能と意義を浮かび上がらせる非常に興味深い論考となっている。

 

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『燃えよ、あんず』
 
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