週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.118 紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん
「お早めにご覧ください」
封書の宛名に書かれていたメッセージ。急いで開けてみると、1冊のゲラが入っていた。
『月のうらがわ』
麻宮 好
祥伝社
1ページ目をめくった瞬間から、不思議な引力に引き込まれるように、物語の中に静かに落ちていった。
母を亡くした十三歳のおあやちゃん一家が住む長屋の隣に、坂崎さんという侍が引っ越してくる。
おあやちゃんが、坂崎さんの部屋の片付けをするかわりに、文字を教わることになり、2人は少しずつ交流を重ねていく。
ある日、片付けの最中に、『つきのうらがわ』という書きかけの本を見つける。
内容は、亡くなった母がいる、月の裏側に行こうと試みる少年のお話だった。
丁寧にゆっくりと動き出す物語に、あっというまに魅了されページをめくる手が止まらない。
そんな、心を一瞬でつかまれた本作を、オススメ3ポイントにてご紹介させていただきたい。
オススメポイント① 美しく豊かな言葉が胸に沁みる
登場人物みなさんの心の機微と、暮らしや景色を感じる細やかな表現が、澄んだ水のように美しい。その、一文一文が空気のように心に溶け、体の奥から清らかな泉が溢れるようだった。心がどんどん、みずみずしく潤っていく。
オススメポイント② 侍の坂崎さんと、未完の本「つきのうらがわ」の秘密
侍とは思えないほど、ほがらかで優しい坂崎さん。ただ、おあやちゃん達が事件に巻き込まれると、性格が変わったのかと思うほど、果敢に身を挺して立ち向かう。坂崎さんの秘密、そして「つきのうらがわ」の真実に辿り着いたとき、涙が溢れて止まらなかった。
オススメポイント③ 哀しいときは泣いていい
大人も子どもも、苦しい気持ちをぐっと胸に秘めて、顔は笑っていても、心が泣いていることがある。そんな辛い気持ちにそっと寄りそい、「泣いてもいいんだよ」と、ふんわり抱きしめられるようだった。それぞれが、自分の気持ちに向き合う涙に、温かな力をいただいた。
本作を読んだ後、あまりの素晴らしさに、すぐに祥伝社さまに感想をお送りし、思わず、麻宮先生が作品に込められた想いを伺ってしまった。
なんてぶしつけな質問をしてしまったのだろう……と反省していた数日後、なんと麻宮先生からのご回答をいただいた。
作品に込められた想いのひとつ目は、
大事な人の死とどう向き合うかということです。
大事な人を喪ってもその人のすべてを喪うわけではない。
その人を思い、その人に感謝しながら生きていく。
二つ目は言葉の尊さ。
言葉はコミュニケーションの手段ですが、それだけではない。
考えること、感じることの支えとなるものです。
言葉によって私たちは世界を見、世界を感じ取ることができる。
これは世代を問わず、届いてほしいと思っています。
私は、このご回答を拝読して、ずっと心の中で言葉にできず、さまよっていた問いの、答えをいただいたようだった。
それはまるで、目の前に色彩豊かな光の道が現れ、曇っていた視界が開かれるようだった。
これからも、この言葉をずっと忘れず心に留めて生きていきたい。生きる勇気をいただける、やわらかな月の光が満ち溢れた物語。ぜひオススメしたい作品だ!
あわせて読みたい本
『恩送り 泥濘の十手』
麻宮 好
小学館
突然行方不明になった、岡っ引きの父を探すおまきちゃん。その、絶対にあきらめない気持ちと、懸命に奔走する姿に心を打たれる。そして、そばで支えてくれるみなさんが、とびきり温かい。「恩送り」という言葉の意味を知り、全身が感動で震えた。私も、この言葉をずっと胸に持ち邁進していきたい。人の優しい真心が込められた物語。
おすすめの小学館文庫
『月のス-プのつくりかた』
麻宮 好
小学館文庫
あるトラウマを抱えた塾講師の高坂美月さんと、影がある中学生の理穂ちゃんと弟の悠太くん。心に秘密を抱えた3人が、少しずつ心を重ねていく様子に、みずみずしく温かな気持ちが込み上げる。そして、信頼の絆が結ばれた先に見た景色に、涙があふれて止まらなかった。一口食べれば、心身共に幸せがあふれる、魔法のスープのような物語。