週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.121 大盛堂書店 山本 亮さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 大盛堂書店 山本亮さん

夜明けのはざま

『夜明けのはざま』
町田そのこ
ポプラ社

 2021年本屋大賞受賞作で来年映画化される『52ヘルツのクジラたち』の著者・町田そのこを、ご存じの方も多いと思う。受賞後もコンスタントに作品を発表し注目され続ける作家だが、11月に刊行された連作短編集『夜明けのはざま』の内容を発売前に聞いた時、とても興味が湧いた。誰もがいつかは迎えるこの世を去るということ。著者は『ぎょらん』という作品でも同じ題材を選んでいるが、今回はどういった風景が広がるのだろうか。

 本書の舞台である「四季折々の花を楽しむことができる豊かな庭と、どこか懐かしさを感じる一軒屋」の芥子実庵は、家族葬を主に行いきめ細やかな心配りが評判の地方都市にある葬儀場だ。30代女性の従業員でそろそろ結婚を考えている真奈を中心に、死に対して見送る、打ちひしがれる、恐れる、色々な人物が登場する。読んでいてすべて身につまされる物語だ。

 まず冒頭は、真奈の友人である小説家のなつめの死から始まる。なつめはかつて華々しくデビューした作家だったがスランプに陥り、亡くなる直前まで風俗業で働いていた。客との突然の心中に真奈を始め残された友人達はショックを受けるが、みんなが彼女を悼むわけではない。スキャンダラスに報じられ眉をひそめながらも、興味本位で消費しようとする地元の人々。そこに真奈が真摯な想いで勤める葬儀の仕事に関して、母と姉やパートナーの純也の世間体を気にする言い分もかぶさる。程度の差はあるが、自分達の立ち位置が偏見に晒される理由もどこか分かる、という真奈の呟きが切ない。そんな理不尽でもやもやが満ちる日常で、不器用でも必死に考え疑問を何とか伝えようとする彼女の姿勢は、この物語の欠かせないテーマのひとつだ。

 そして、死とのバランスを取るように、いや死に相対したからこそ、今生きる人々の様々な感情が切実に交わり印象を深くする。その描写によって上辺の幸せだけではない隠された本音が見え隠れする。特に作品を通して真奈と純也の関係性に思いを馳せる女性も多いだろう。真奈をできる限り尊重したいが、男性として仕事で稼ぎ家庭を守ることを理想とする純也。真奈もその考えに理解を示すが、女性として結婚、出産、仕事を相手に合わせる選択が最適解なのだろうか。さらにその「土地」に住み家族を作る意味とは? 彼女の迷いと主張に自分だったらどうすれば良いのか、読者としても考えさせられる。

 また、互いに分かり合えれば生活を共にできるのだろうか、人生を共にしたからこそ許し合えるのだろうかという点も、本書の大切にしたいテーマだ。作品を通して真奈の姿を見つめていると、相手に向かって勇気づけたり応援したり頑張ってと言えるのは、肉親やパートナーだけの特権ではない。例えばなつめや真奈の女性の友人たち、死者の縁者、さらに葬儀社の社長と同僚や出入りする業者の互いに尊重して理解し合う姿を目の当たりにすれば、そんなことは言えるはずはないと思う。また、今までそうだった、我慢してきたという他人や世間に忖度をし過ぎて、個性を失ってはいないか、自分の人生に無責任になってはいないか。そんな著者の言葉が響いて来るようにも感じられる。

 その上で、登場人物や次の世代の人々へ理不尽な荷物を背負わせたくないという、著者の潔さと勇気が鮮やかに浮かんでくる。中でも大切な友人の葬儀に立ち会ったある男性の次の言葉が深く心に染みた。「ぼくたちはあまりにも明日に任せすぎている」。
 なかなか自分の生き方に正解が出なくても、人生を送ることは難儀だなと思っていても、今を引き受け改善し生き続ける大切さが、この物語にはあるのではないだろうか。真奈だけではない他の登場人物の描写を通じて、ぜひその辺りも考えてみて欲しい。

 家族がいても一人で暮らしていても大切な人を喪えば、誰でも孤独感に苛まれるはずだ。だが死は残された者にとってのデッドラインではない。後ろ髪を引かれ逝ってしまった人々の想いを残しながらも、改めて自らの人生にスタートラインを引けるのは、他人ではなく自分だけだ。そんな大切な想いを繋ぐこの本がたくさんの人に届くことを願っている。そして、本作を経た著者のこれからの小説が、新たな世界へ船出する姿を見てみたいと思うのだ。

 

あわせて読みたい本

苺飴には毒がある

『苺飴には毒がある』
砂村かいり
ポプラ社

 時が経てばあの頃受けた傷は薄くなるのだろうか。また、あの頃の甘く切ない想い出があるからこそ、友人からの仕打ちを許せるのだろうか? そんな誘惑を振り払い過去を見つめ直して生きていく。どんなに口にするのをためらっても、いつかは言葉にしなくてはいけない自分の想いは、無理に今吐き出さなくても良い。時間を待ち正直に感情を紡ごうとする主人公の姿が眩しかった。

 

おすすめの小学館文庫

恋愛の発酵と腐敗について

『恋愛の発酵と腐敗について』
錦見映理子
小学館文庫

 まずは登場する女性たちのテンポの良い会話の応酬が魅力的だ。そんな会話に共感したりちょっと違うんじゃない?とツッコミを入れながら、小説を読み進める楽しさもあって終始飽きない。そして、彼女たちにとって欠かせない、ある一人の男に対する恋に似たものと、濃い情と快楽が物語に流れてうやむやになる様子に引き込まれる。様々な感情の色彩が躍る素晴らしい作品だ。

山本 亮(やまもと・りょう)
大盛堂書店2F売場担当。担当ジャンルは文芸、ノンフィクションなど。毎年必ず一回は読む小説は谷崎潤一郎『細雪』。


椹野道流の英国つれづれ 第18回
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