週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.133 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』書影

『ガザとは何か
パレスチナを知るための緊急講義

岡 真理
大和書房

 2023年10月7日。この日、ハマース武装勢力によるイスラエルの攻撃が開始され、これに端を発した紛争が勃発しました。

 本書はアラブ文学者、とりわけパレスチナ問題に造詣の深い岡真理京都大学名誉教授が、このイスラエルのガザ侵攻を受け、同年10月20日、23日と二つの大学で緊急に行った講義の記録です。本講演を拝聴出来なかった人たちにとっても、講演内容をおさらいしたい人にとっても非常に有意義な書籍化と言えるでしょう。

 この講演録は、イスラエル建国から現在に至るまでの歴史を辿り、いかにしてパレスチナが迫害を受け続け、実際にどんな非道が行われて来たのかを理解するのに十分過ぎる内容です。ガザの人々、パレスチナの人々の置かれた状況がどれほど悲惨なものであるか、イスラエル政府の横暴と世界各国の加担がどれほど酷いものかを実に的確に力説したものです。

 

 岡先生は2018年に刊行された渾身の著『ガザに地下鉄が走る日』(みすず書房)において、長年にわたる占領の下、止まらない殺戮の下で確かに生きる人々の息遣いをリアルに伝えています。それは一方的な破壊と暴力で命と尊厳を剥奪されるパレスチナ人の人間性を取り戻す作業なのです。この講演もまさに同じなのです。

 今、こうして史上最悪の迫害を受け続けるガザ。世界の主要先進国政府がイスラエル支持を表明し、この暴力へ加担しているわけです。もちろん、この日本国も。ガザはまさに世界の理不尽さが集約された場所なのです。ここに政治の駆け引きだの、国際社会の秩序だの、憎しみの連鎖だのという理屈を持ち出したところで、それが現地で苦しむ人々にとって何だというのでしょうか? そんなことは現実でも何でもありません。

 虐殺とは、憎しみの連鎖ではなく、一方的な暴力なのです。

  

 岡先生は、講演において自らを「恥知らず」だと断罪しています。それは、長年パレスチナ研究に携わりながらこの事態を阻止する力を持てなかった、自分はこれまで何をしてきたのか?という呵責の念から発せられたものです。ならば、普段から無関心であった私も、もっと断罪されるべきであり、多くの読者も同じように思うことでしょう。恥知らずとは、私たちみんなのことです。

 同時に、本講演での質疑応答にて、岡先生は私たちに出来ることは何かを指し示しています。無知であること、当事者ではないことを理由に気後れが生じ、結局は黙って見ているしかないという落胆と無力感を、少しずつ、些細なことでもいいから実践に変えていく。それは声を上げることです。この質疑応答における岡先生の教授によって、私たちが声を上げることの動機と勇気を持つことが可能となります。

 もっとも今、多くのパレスチナ人の命が無残に奪われつつある中で、私たちの勇気など、瑣末な話に過ぎません。それでも私たちが少しでもガザの人々の置かれている立場に想像力を働かせ、自身のこととして引き寄せること、疑問や偽善を振り払ってでもこの問題に対峙することこそが、今最も実行すべきことではないでしょうか。

 

 このコラムが掲載される予定の2月9日。この時点で果たして情勢はどうなっているのでしょうか。当然のこと、停戦がなされていなければなりません。まだ惨禍が続いていることなど言語道断です。

 ではもし停戦が成立したとして、本書は役割を終えるのか?といえば全くそうではありません。むしろこの大虐殺の記憶を風化させないための、何よりも正確で真摯な記録として本書は永久に読み継がれるべきなのです。

 この虐殺をやめさせること、停戦を唱えることで、人類の最後に残されるべき叡智のありか、そして我々自身の尊厳と生存が問われているのです。

 STOP GAZA GENOCIDE!
 NO WAR!

 

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『それでも、私は憎まない あるガザの医師が払った平和への代償』書影

『それでも、私は憎まない 
あるガザの医師が払った平和への代償
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亜紀書房

 イスラエル軍によって家族を失ったパレスチナ人医師の手記。「憎しみの連鎖」という言葉が、この虐殺を指す言葉として不適切であったとしても、その連鎖を止めたいという意志をもって、パレスチナ人の側より発せられることの重さを受け止めることは非常に重要である。攻撃する側とされる側の論理は決して公平に語られることがない。しかし攻撃される側の論理、真実に迫ることこそは、人間が理性を保つための最後の鍵である。

 

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