週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.152 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん
『魂婚心中』
芦沢 央
早川書房
今回は人間の心理描写に独特の世界観を持つ芦沢央の短編集を紹介したい。
表題にもなっている「魂婚心中」がはじめに収録されているのだが、いきなり度肝を抜かれる。
物語の舞台は、若者の間で「Konkon」という死後結婚マッチングアプリが広まっている世界。
主人公は少し周りの人とずれた考えを持つ女性で、アイドルの神宮司浅葱を推す29歳。
はじめに主人公が小学生だった頃の出来事が描かれる。
教室にゴキブリが出て大騒ぎになった直後の給食の時間に、どんな願いのためならばゴキブリを食べられるか?という問いにクラス全員が答えていくことになる。
「1億積まれてもダメ」とか、「高額のゲーム機なら」とか欲しいものを言っていく流れになる中、ある女の子が「食べなきゃお母さんが死ぬって言われたら」と発すると、今度は誰のためならゴキブリを食べられるかという話になる。
答えを出せずに輪の中に入れない主人公に順番が回って来てしまう。
咄嗟に出した答えは「給食に出たら」。クラス中から「なに言ってんの」と笑われる主人公だったが、当人はなぜ笑われたのかわからない。
彼女の見解はこうだ。給食は残してはいけないというのは誰もが知っているルールだ。
給食に出たものは嫌いでも食べなければならないという、食べたくもないものを食べさせられるシチュエーションとしてこんなに想像しやすいものはないはずだと彼女は思ったのだった。
ときは19年経った現在に戻り、主人公の血まみれの手と、それに問いかける母の場面が描かれる。
「どうしてこんなことしたの?」という母からの問いに、主人公はこう答える。「浅葱ちゃんに死んで欲しいと思ってしまったから」
そしてなぜこういう状況になったのかが時間を巻き戻しながら描かれていく。
ライブ配信で課金するなど、アイドル神宮寺浅葱を推していたある日、主人公はふとしたことから浅葱が Konkon のリア垢を持っていることを知ってしまう。Konkon では、同じタイミングで死んだ誰かとマッチングすれば死後結婚することができるのだ。
同じタイミングで死ねば、推しと死後結婚できてしまうかもしれない・・・
さて、「ズレてる」「なんか変」と言われがちな主人公がとった行動は?
そもそも普通とはなにか?誰しも心の奥底に持っている欲望や感情。他人から見たら異常なことでも当の本人にとっては正常なのかもしれない。
異常すぎる状況に情緒を狂わされる極上の人間模様が描かれる芦沢央の世界、全6編をぜひ堪能していただきたい。
あわせて読みたい本
『ナースの卯月に視えるもの』
秋谷りんこ
文春文庫
完治の望めない人々が集う長期療養型病棟に勤める看護師・卯月。ある日、意識不明で入院している男性の患者さんのベッド脇に見知らぬ女の子の姿が。それは卯月だけに視える患者の「思い残し」だった。
主人公の卯月が日々思い悩みながら看護にあたる姿が涙をそそる。様々な痛みや悲しみを抱えて生きている人々をやさしく包みこんでくれ最後にひとすじの希望と救いを与えてくれる作品だ。
おすすめの小学館文庫
『さよなら、田中さん』
鈴木るりか
小学館文庫
小学6年生の花実は母と2人暮らし。決して裕福とはいえない母子家庭だ。とにかく花実と母のやりとりが読み手を笑わせ、びっくりさせ、ときにはほろっとさせるのだ。
花実の母親がある場面で発する言葉が特に印象に残ったので紹介しよう。
「1食食ったら、その1食分だけ生きてみろ」
将来に不安を感じて生きるのがしんどくなったり悲しくなったら、まず食べれば元気になり前に進めるのだと教えてくれる言葉だ。なんと今作は著者が14歳の時に書いたのだという。現在20歳になった彼女の作品もあるとのことで、ぜひ読んでみたいと思わされた。
大塚亮一(おおつか・りょういち)
地方書店でも作家さんが行ってみたい!と思ってもらえることを目標に日々奮闘中。そしてお客様にもあの書店に行くとわくわくする!と思ってもらえるようなお店になることが最終目標の宮崎県の書店員。