採れたて本!【エンタメ#20】

採れたて本!【エンタメ#20】

 ポスト・トゥルースの時代、なんて言われるようになって久しい。「ポスト・トゥルース」とは、世論をつくるにあたって客観的事実よりも個人の感情や信条へ訴えた方が効果的になってきた時代を指す。SNSの流行によって、いったんセンセーショナルな記事や情報が拡散されると、その真偽の如何にかかわらず大勢の人がそれを真に受けてしまう──そのような構造に慣れ切ってしまった昨今。本作はあらためて、「ポスト・トゥルース」時代、つまりSNS社会を問い直した小説である。

 ページをめくって、驚く読者は多いだろう。なんとこの小説、全編しっかりした語り手が存在せずに進むからだ。

 物語は、上杉彩奈という28歳の超人気俳優が亡くなったところから始まる。ワイドショーに突然入ってきた訃報に、SNSは騒然。しかも、死因は不明、自宅で遺体で発見されていた。さらに自宅でいっしょに倒れていた男性は──実力派俳優の馬場直斗。彼は意識不明の重体である。はたして、二人の間に何があったのか。心中なのか、殺人なのか。発見された薬はどのような関係があるのか。SNSや動画サイトやマスコミを「噂」が駆け巡りながら、はたして何が真実か分からないまま、事件は世間を賑わせていく。

 それにしても本書を読みながら、「うわあ、現実に、ありそう……!」と思う方は多いのではないだろうか。ノンフィクションではないかと思うほど、ありそうな話が詰まっている。たとえばファン同士が争うことで更なる争いに発展するようなことが起こったり(本書には「場外乱闘」という言葉が登場する。SNSではあるあるだろう)。あるいはSNSのウソの情報をメディアがなぜか裏を取らずにそのまま載せてしまい、うっかりみんな信じてしまうような事態に陥ったり(あるあるだと思いたくはない)。何が本当で何が嘘なのか、何が問題で何が問題でないのか分からなくなってくる。果たして何のために私たちはSNSを見ているのか、情報を得ようとしているのか、よく分からなくなってくる。このカオスこそ、本書の表現したかったものなのだろう。

 しかしこんな混沌としたポスト・トゥルースの時代でも、私たちは情報を得ずには生きていけない。好きな俳優が亡くなったとすれば、やっぱり真相を知りたいと思ってしまうのはいつの時代も変わらない人情なのだ。だとすれば、いったいどのように情報と向き合えば、この混沌とした現代社会を生き抜いていけるのか? ──答えはきっと本書にある。噂ばかりの無法地帯で、それでも一筋の真実を求める人々の姿。それは普遍的な、本当のことを知りたいと願う私たちの姿そのものでもあるのだ。

ルーマーズ 俗

『ルーマーズ 俗』
堂場瞬一
河出書房新社

評者=三宅香帆 

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.152 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん
【連載第3回】リッダ! 1972 髙山文彦