採れたて本!【国内ミステリ#21】

採れたて本!【国内ミステリ#21】

 ミステリの世界においては、時に奇抜な動機が解かれるべき謎として提示されることはあるにせよ、金銭欲、愛憎、あるいは復讐といったわかりやすい動機で人を殺す犯人が多い。とはいえ、どんな犯人もそうであるとは限らない。1990年代のサイコ・サスペンスのブームでは、異常心理に突き動かされるシリアルキラーが盛んに描かれた。

 櫛木理宇は、そんな一見異常な犯罪の背後にあるものを照らし出そうとしている作家である。映画化もされたベストセラー『死刑にいたる病』がその代表だが、今回紹介する『死蝋の匣』は、2020年に刊行された『虜囚の犬』(文庫化に際して『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』と改題)で活躍した、元家庭裁判所調査官・白石洛と、その旧友の茨城県警刑事部捜査一課強行係巡査部長・和井田瑛一郎が再びコンビを組む長篇である。

 芸能事務所社長と内縁の妻の他殺死体が発見された。二人とも顔に強酸性のパイプ洗浄液を振りかけられ、刃物で何度も刺される……という残忍な殺され方だ。和井田は所轄の巡査長・岸本歩佳と組んで関係者への聞き込みを始めたが、被害者たちの経営する芸能事務所は、年端も行かない少年少女にきわどい水着を着せて撮影するなどしていた。容疑者の絞り込みは難航するかと思われたが、翌日、コンビニの駐車場で女子中学生が殺傷され、その犯人らしき椎野千草という女性の指紋が、社長らの殺害現場で見つかったものと一致した。

 殺人事件の関係者(本書の場合は椎野千草)が過去に白石が家裁調査官として担当した人物だったことから、和井田が意見を聞くため白石の前に現れる──というパターンは前作『虜囚の犬』同様である。千草は、13年前に父親が起こした一家無理心中事件の唯一の生き残りだった。白石には千草が人を殺すとは思えないのだが、彼女の足取りは不明のまま、新たな被害者が増えてゆく。

 作中で和井田は「少年事件や虐待事件が起こると、真っ先に非難されるのは、つねに母親だ。だがちょいと調べてみると、その陰にはたいてい〝存在しているはずなのに、いない父親〟〝透明人間まがいの父親〟がいる」と語り、白石も「……日本には、父親像がないよな」「家父長制度はあっても、父親そのものはない。制度があるだけなんだ」と述べる。白石自身も、亡くなった父親との関係はしっくり行っていなかった。時代の過渡期において、家族のために生きたくとも身近なロールモデルが存在しなかったため迷走する日本の「父親」に着目し、それを犯罪の背景として掘り下げてみせたミステリはあまり前例がないだろう。

死蝋の匣

『死蝋の匣』
櫛木理宇
KADOKAWA

評者=千街晶之 

週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.160 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん
連載第22回 「映像と小説のあいだ」 春日太一