週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.45 吉見書店竜南店 柳下博幸さん


 ドン・ウィンズロウによる3部作『犬の力』『ザ・カルテル』『ザ・ボーダー』。
 いずれの作品も、暴力と硝煙うずまくメキシコ麻薬戦争のフィクションを凌駕した現実をベースに、麻薬王国の興亡を魅力あるサブキャラクターたちが極彩色に彩った強烈にハードで非情なノワール小説の傑作だ。

業火の市

『業火の市(まち)
ドン・ウィンズロウ 訳/田口俊樹
ハーパーBOOKS

 ドン・ウィンズロウが新たな3部作の始まりに選んだ舞台は、1986年のアメリカ、小さな港湾都市ドッグタウン。主人公ダニー・ライアンは、ドッグタウンを支配するアイルランド系マフィア・ファミリーの一員。その妻テリは組織のボスであるジョン・マーフィの娘であり、ダニーの親友パット・マーフィの妹でもある。赤ん坊の頃に母親に捨てられ、酒におぼれた父からはネグレクトされた少年時代をすごしたダニーは家庭に恵まれなかったぶん、気さくな雰囲気の親友パットの家が好きだった。ほとんどの時間を彼の家で過ごし共に家族のように育っていった。だからこそ彼女と結婚したことでマフィア・ファミリーに無理やり割り込んだような気がして、パットに対し申し訳なく思い一歩引いた位置に甘んじている。友人たちから、「ボスの娘と結婚したのにいつまでその扱いなんだ?」と聞かれても「割り込むつもりはない」。うん潔い!と、言いつつ自分でも心の片隅ではもう少し格上げされると思っていたと独白するダニーが愛おしい。彼の立場を複雑にさせるのが、かつてはダニーの父親がドッグタウンの王だったが、酒におぼれ、その地位をジョン・マーフィに奪われた過去があるからだ。義父もそのことでダニーを引き上げないのだろう。それでも彼は多くを望まない。親友パットのためなら地獄の果てまでついていくつもりだ。
 そんなダニーを一気に好きになるシーンが冒頭にある。

 万が一にも浮気をしてしまったら、きっと罪悪感に押しつぶされそうになるだろう。
 そのあたりのことは夫婦間でジョークにしたことさえある。「あなたの場合、まず神父さんに懺悔するでしょうね」とテリはからかって言った。「わたしにも懺悔して、ひょっとすると、新聞広告を出して世間じゅうに懺悔するかも」
 当たっている。ダニーはそのときのことを思い出してそう思う。

  
 愛すべき好漢ダニーにグッと引き付けられる。たっぷりと人物描写にページを割き、サブキャラクターまでもが分厚く個性を発揮するドン・ウィンズロウ節は今作でも健在。

 そんなマーフィファミリーと長らく共存共栄の関係を築いていたイタリア系マフィアとの間に小さな諍いが起きる。その小さな熾火は瞬く間に燃え広がりついには抗争にまで発展する。報復が次の報復につながりドッグタウンは業火に包まれてゆく。復讐と裏切りうずまくこの地で最後にダニーが選んだ道とは。壮大な物語のプロローグである今作。週末おススメの1冊だ。

 

あわせて読みたい本

メキシコ麻薬戦争

『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱
ヨアン・グリロ 訳/山本昭代
現代企画室

 メキシコで大問題になっている「麻薬戦争」を、アメリカとの歴史的関係や、麻薬ビジネスに係わる人々に密着し、暴力とその文化的背景まで浮き彫りにした作品。社会の影に潜む不条理な日常の真実を抉り出した、ドキュメンタリーの傑作。

 

おすすめの小学館文庫

羊の国の「イリヤ」

『羊の国の「イリヤ」』
福澤徹三
小学館文庫

 平凡なサラリーマン入矢悟(50)は、ほんの少しの正義感から内部告発に加担する。しかしその正義は覆され、子会社に左遷され、理不尽な扱いを受け、更には上司から冤罪を仕組まれ逮捕されたのをきっかけに会社を解雇される。家族にも捨てられ、これが人生のどん底かと思う境遇にまで落とされるが、そこからが本当の地獄の始まりだった。読み進むのがツラくなるほどの鬱展開だが、事実とフィクションが融合した極上のストーリーは一気読み必至。

 

採れたて本!【歴史・時代小説】
# BOOK LOVER*第6回* 広末涼子