採れたて本!【歴史・時代小説#03】

採れたて本!【歴史・時代小説】

塞王の楯』で直木賞を受賞した今村翔吾の受賞後第一作は、池波正太郎、司馬遼太郎、火坂雅志らが取り上げた人気の戦国武将・真田幸村を描いている。

 関ヶ原の戦いに勝利し豊臣家を滅ぼす機会を狙う徳川家康のもとに、二度も煮え湯を飲まされた真田昌幸の息子・幸村が大坂城に入ったとの報告が届く。長男の信之は家康に仕え、第二次上田合戦で徳川秀忠を翻弄した次男は信繁だった。信繁は幸村と改名したのか、それとも幸村は昌幸の別の息子なのか? 夏の陣では幸村らの奮戦で徳川軍は苦戦を強いられ、徳川本陣をついた幸村の槍は家康をとらえるが、なぜか命を奪わなかった。

 この二つの謎を解明する手掛かりを与えてくれるのが、六人の証言者である。

 豊臣の名目上の総大将ながら徳川のスパイも務め大坂城を脱出する機会をうかがう織田有楽斎。配下の忍びを使って徳川、真田らの動向を探っていたが自らが徳川に寝返ろうとしているとの疑惑をかけられてしまう南条元忠。名を挙げることだけを考えている後藤又兵衛らの目を通して幸村の実像を浮かび上がらせる手法は、吉川英治文学新人賞などを受賞した『八本目の槍』を想起させる。

 ただ幸村が裏で糸を引き名だたる武将の行動と心理を操る謀略戦は、味方にまで「幸村を討て」と叫ばせるほど凄まじく、本書の方が仕掛けが複雑である。各章の間に、源二郎(後の信繁)が兄の信幸(後の信之)と共に成長する前半生を挟み込み、ここに周到な伏線を配置したところは、謎めいた「断章」にトリックを仕込んだ山本周五郎『樅ノ木は残った』を彷彿させるなど、ミステリーやスパイ小説としてもクオリティが高い。

 幸村を語る武将たちは戦国最後の大合戦を前にして、勝馬に乗る方法を考えたり、戦後の恩賞を高くしようと目論んだり、目的のためなら手段を選ばず突き進んだりするが、このような葛藤は組織に属していれば誰もが直面するので、共感できる人物が見つかるように思えた。

 こうした強さも弱さも見せる武将たちの中にあって、幸村だけは何を考え、なぜ謀略戦を繰り広げているのか、なかなか見えてこない。それだけに大坂の陣の終結後、謎解きをする家康と信之が、戦国最後の合戦でなければ成立しないトリックと、それを仕掛けた幸村の想いを浮かび上がらせる最終章は感動も大きい。

 後世に名を残し、家名を存続させることが武士の使命だったが、それを果たせたのは少数に過ぎない。この厳しい現実を前にしながら懸命に戦う武将たちの姿は、人はどのように生き死んでいくのが美しいのかを問い掛けているのである。

幸村を討て

『幸村を討て』
今村翔吾
中央公論新社

〈「STORY BOX」2022年6月号掲載〉

白尾 悠さん『ゴールドサンセット』
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.45 吉見書店竜南店 柳下博幸さん