週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.59 TSUTAYA中万々店 山中由貴さん
『われら闇より天を見る』
クリス・ウィタカー 訳/鈴木 恵
早川書房
もうなにも読まなくていい。すべてが霞む。しばらくはそっとしておいて。
本書を閉じたあとの率直な気持ちは、ただ、そうとしか言いあらわせない。
「あたしは無法者のダッチェス・デイ・ラドリー」。彼女の震える声がきこえる。怖気づいて、さびしくて、不安で、怒って──、それでも守るものがあるから、13歳のダッチェスは逃げない。
30年前、幼い少女が死んだ。それが町に住む幾人かの大人たちを変えてしまった。当時少年だった警察署長ウォークは、刑期を終えて帰ってきたかつての親友ヴィンセント・キングを町に迎え入れ、妹を亡くし事件から立ち直れず酒浸りのスター、そして彼女の子どもたち、ダッチェスとロビンの家庭をなにくれとなく気にかけていた。ウォークにもキングにもスターにも、囚われつづける過去があり、大人たちの悔恨はさらなる事件へとつながっていく。
その事件のなんたるかは、ここでは語らないでおく。
酒におぼれて心と体を壊した母親、スターを見限ることもできず、ダッチェスは弟のロビンをしあわせにするために、生易しくない現実に必死で立ち向かっていく。ただの悲劇のヒロインならほかにいくらでもいる。ダッチェスが唯一無二のダッチェスなのは、彼女が正真正銘の気高き「無法者」だからだ。なににもだれにも屈しない。13歳でそれほどの覚悟をもって生きる彼女は、憐れみなど寄せつけない。それがいっそすがすがしく、あまりにも魅力的で愛おしい。ダッチェスがほんのすこしだけ気持ちを柔らかく保てるようになるころ、わたしは彼女とロビンの平穏な暮らしをただただ必死で祈りながらページをめくっていた。
ダッチェスのような少女をどうして描けるのか。こんな少女小説はいまだかつてどこにもない、ただひとつのものだということ。わたしが声を大にして言いたいのはそれだけだ。
人間は間違える。その間違いでだれかを傷つける。ときには自分自身を許せないほどに。とりかえしのつかない過ちに、わたしたちはどうやって決着をつけていけばいいのだろう。
何度も何度でも間違った選択をしながら生きていかねばならない。それでもダッチェスは逃げない。間違いながら、傷つきながら、細い肩におおきなものを背負いながら、瞳はごうごう燃えている。戦っている。彼女が心に住みついて、わたしは強くなった。あなたもきっと強くなるだろう。本を閉じてもあなたの中のダッチェスは消えない。約束する。そして、そんな少女に出会える圧倒的物語を、わたしは愛する。
「あたしは無法者のダッチェス・デイ・ラドリー」
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こちらも、少年たちがある事件をきっかけに窮地に追い込まれていく極上のノワール小説。
いやマジでドチャクソ面白いぞ!!! ずぶずぶと後戻りできなくなる子どもたちVS殺人犯の息詰まる攻防は、日常に支障をきたしてでも一気読みせざるを得ない展開に。下巻、空気が変わったかのような描写が、主人公の心情をよりいっそう際立たせて震えます。
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完璧な家族とはどんなものなのか。なぜ歯車は狂ってしまったのか。明らかになっていく少女の秘密の戦いが、心に喰い込んで離れない。