週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.61 吉見書店竜南店 柳下博幸さん


リバー

『リバー』
奥田英朗
集英社

『リバー』! まずはこの分厚さに驚く。ずっしりとくる重さは電子書籍では絶対に味わえない紙の本での読書の魅力だろう。
 渡良瀬川は群馬県桐生市と栃木県足利市に流れる大きな川。数々の支流を飲み込み利根川支流では最大の流域面積を誇る。その渡良瀬川の河川敷に若い女性の絞殺死体が見つかる。現場に向かう捜査員の頭に10年前にこの地で起きた未解決事件が浮かぶ。「間違いない。また、出やがった」。翌週栃木でも同じく河川敷で死体が発見される。同一犯か、模倣犯か。警察は県を跨ぐ犯罪に合同ではなく共同で捜査にあたる。現在進行形の事件と過去の事件が交差し濁流のように流れ込む。

 インタビューで奥田英朗は「僕のまわりにも犯罪者は一人もいないし、ほとんどの人はそうですよね。ただ社会には確実にいる」と語る。
 警視庁の資料によると、近年のコロナウィルスによる感染症拡大の影響もあり犯罪件数は平成14年をピークに大幅に減少している。しかし重要犯罪(殺人・強盗・放火等)の占める割合は不気味に横ばいを続けている。また、警視庁がインターネットを通じて行ったアンケート調査では「この10年で日本の治安はよくなったと思いますか」という質問に、64.1%の人が「悪くなったと思う」「どちらかといえば悪くなったと思う」と答えている。広く認知されていないだけで存在している薄皮一枚向こうの真実。

 群馬県警警部補、栃木県警巡査部長、定年退職した元栃木県警刑事、全国紙の新人新聞記者、10年前の事件の被害者遺族、事件現場にあるスナックの雇われママ。異なる立場の登場人物の内面が丹念に描かれ、少しずつ集まる情報と、刻々と変わる心証に読者も共に犯人を追い求めてゆく。ディテールの細かさとリアリティある筆致で現場の焦燥感と臨場感がヒリヒリと伝わる。物的証拠と目撃証言を求め、丹念に靴底を擦り減らして進む警察。目を患い日々悪化しながらも犯人を追い求める被害者遺族。犯人を追う気持ちは同じなのに立ち位置の違いで衝突し、互いに傷つけあってしまう。求めるものは共に真実なのに。

 奥田英朗は作中で「マスコミはいつも、動機の解明が待たれますという常套句で犯人像を探ろうとするが、理屈で説明できる人間なら人など殺さないのである」と書いている。
 容疑者の内面は描かれない。だからこの分厚さでも先を知りたくて読んでしまう。そして、未解決連続殺人事件を追う刑事たちの熱い人間ドラマを書ききるには、この厚さが絶対必要だったのだ。『リバー』は間違いなく読後に今年一番の満足感を与えてくれた。
「いるんだよ、世の中には。他の殺人事件を見て、よし俺もと思う人間が。模倣犯の理屈だな。背中を押された気分になる。犯罪はシンクロしてんだよ」
 理屈で説明できない犯罪者の吐き出した台詞も、真実だったのかどうかは誰にもわからない。

 

あわせて読みたい本

模倣犯

『模倣犯(一)~(五)
宮部みゆき
新潮文庫

 被害者遺族、犯人、警察、事件を追うルポライターと様々な人間の視点で連続女性誘拐殺人事件を描いた宮部みゆきの傑作。事件を表と裏から丹念に描くことで全く別の解釈が生まれ最後までため息と共に読了。20年前に小学館から刊行された上下巻を貪るように読み耽った夜の衝撃は今も強く残っている。20年の歳月でコンプライアンスや一般常識も変遷しているが、再読してもあの日の衝撃は変わらない。

 

おすすめの小学館文庫

もう時効だから、すべて話そうか 重大事件ここだけの話

『もう時効だから、すべて話そうか 重大事件ここだけの話
一橋文哉
小学館文庫

 未解決事件や世間を騒がせた重大事件の裏側をノンフィクション作家が語るエッセイ集。8年間未解決だった「餃子の王将社長射殺事件」の犯人逮捕。酒鬼薔薇聖斗事件記録廃棄等今も事件は動いている。風化させてはいけないという執念の捜査は今もどこかで続けられている。

早瀬 耕『十二月の辞書』
【著者インタビュー】ヒオカ『死にそうだけど生きてます』/「貧困とは、選択肢が持てないということ」――自身の壮絶な人生をたどるエッセイ集