アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで④
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各言語の翻訳者の皆さんとの邂逅を経て、いよいよ作家選定のミッションにとりかかりました。2020年の暮れから翌21年の春先あたりだったと思います。みなさんとオンライン・ミーティングを重ね、各エリアごとに候補作家を2、3人に絞っていきました。
でも、いかに口頭で説明されても、当該言語の小説を読んだことすらないエリアが大半です。イメージが掴めません。たとえば、「彼はインドネシアの村上春樹ですよ」と言われても、そのすごさが具体的にはわからないですよね(そんな紹介があったわけではないですが)。
とにかく、候補作家の作品を読まねば! もちろん、その際に日本語訳が存在していないと読めません。翻訳小説といえば英米文学が主流です。韓国語、中国語は別として、『絶縁』アンソロジーで呼びかけたいアジアの作家たちの作品は、書店で〈その他の言語〉とくくられる一群です。しかも若手作家の作品なんて、日本語訳されているはずがない……いや、それがあったのです。
たとえば、『東南アジア文学』。東京外国語大学の教員、学生を中心とした東南アジア文学会によって発行されている雑誌です。その名の通り、東南アジアの小説や評論が紹介されています。かなり重宝しました。本書に収録したタイ語やベトナム語はもちろんのこと、東南アジアの華人の小説(中国語)も、カバーしていました。
他にも、チベットの「いま」を伝える雑誌『チベット文学と映画制作の現在 SERNYA(セルニャ)』 だったり、中国の同時代文学翻訳誌『中国現代文学』だったり。一歩前に足を踏み出すと、そこにはディープな世界が広がっていました。
さきほど〈その他の文学〉と表現しましたが、その名もズバリ、『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社編集部/編)という、日本ではなじみが薄い言語の文学を専門とする翻訳者9名へのインタビュー集があります。『絶縁』にも参加しておられるチベット語の星泉さんやタイ語の福冨渉さんも登場します。
同書に序文を寄せた韓国語翻訳者の斎藤真理子さんは、翻訳者を「ドアノブを握る」存在と捉えました。文書はこう続きます。
〈冷蔵庫に左右両方から開け閉めできるものがあるように、世界もさまざまな方向から開けることができるはずだ。(中略)今、世界のいたるところで、物語はともすると陰謀論やわかりやすさに傾いていく。その中で正気を保つにはこのような、多数とは違うドアの開け方を身に付けていくことしかないのではないか〉
斎藤さんが言うように、たしかに上で紹介したような雑誌を手に取っていると、未知なる場所につながるドアをあけているような実感がありました。一通り候補作品を読み終わったとき、次のような思いが胸に去来しました。あぁ、ずいぶん遠くまできたもんだ……。
(続きは次回に)
担当者かしわばら
※この本は二人で編集しました。そのうちもう一人も出てくると思います。