◎編集者コラム◎

『一九四四年の大震災──東海道本線、生死の境』西村京太郎


西村京太郎 編集者コラム


 西村先生は今年、第4回吉川英治文庫賞を「十津川警部シリーズ」で受賞されました。受賞時の記者会見で、今後お書きになりたいものはという質問に、「戦争」とお答えになりました。西村先生は、戦時中に陸軍幼年学校に入学されており、空襲など戦時体験をされています。

 戦後70年となった2015年ごろの西村先生の作品は、各社とも戦争がテーマや設定に関係していました。いずれも、当時の軍部や政府の横暴さを批判する内容となっています。

 本作は、戦時中に実際に起こった大地震を元に描かれた作品です。太平洋戦争の敗色濃い戦時下の1944年12月7日に、東海地方を中心に大きな地震が襲いました。これを、昭和東南海地震と言います。そして、翌1945年の1月13日には、東海地方を再び大地震が襲いました。これは三河地震と言われました。戦時中だった当時、厳しい報道管制が敷かれており、一般にあまり知られることはありませんでしたし、現在でもあまり知られていないのではないでしょうか。

 さて、本作は浜名湖にある「フジタ浜名湖地震津波研究所」が火事で焼け、焼け跡から男の死体が発見されるところから始まります。男の名は、藤田武。この研究所は、祖父徳之助、父健太郎が、戦時中に作ったものでした。

 物語は、徳之助と健太郎が生きていた頃に溯ります。徳之助は、本職の仕事とは別に「フジタ浜名湖地震津波研究所」を作って、過去の文献から大地震と津波を調べていました。そして大地震が発生した後に、再び大きな地震が発生することを見つけたのです。これを誘発地震といいます。

 昭和東南海地震が起こった時、徳之助と健太郎は誘発地震のおそれを広く伝えようとしましたが、軍部や警察は人心を惑わすとして、二人を弾圧します。実際には、その後三河地震が発生するのですが、徳之助は国内の鉱山へ働きに行き、健太郎は沖縄の前線に送られました。そして、徳之助はそこで亡くなり、健太郎は辛うじて生きながらえて生還を果たします。二人を追い込んだ憲兵隊長への復讐は、孫の武の時代までかかってようやく果たされるのですが、どんな手口で成し遂げられるのか──。

 戦争の非道さ、権力の愚かさを伝える西村先生のミステリー、どうぞ手に取ってみて下さい!

──『一九四四年の大震災──東海道本線、生死の境』担当者より
 
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