◎編集者コラム◎ 『てらこや青義堂 師匠、走る』今村翔吾

◎編集者コラム◎

てらこや青義堂 師匠、走る今村翔吾


てらこやカバー

 今年1月に『塞王の楯』で第166回直木三十五賞を受賞した今村翔吾さんは、元ダンスインストラクターです。作家を目指したきっかけとして、教え子から「翔吾くん(と呼ばれていたそうです)だって夢を諦めている」と言われたことをインタビューなどでも話しておられるので、ご存じの方も多いと思います。このたび文庫版が発売された『てらこや青義堂 師匠、走る』は、寺子屋の師匠が主人公。なんとなく、通じるものを感じませんか?

 本作は、天下泰平の世となって久しい江戸の日本橋が舞台です。寺子屋「青義堂」の師匠を務める坂入十蔵は、かつて凄腕と恐れられた公儀隠密。貧しい者も他所で破門となった者も受け入れるので、青義堂には多様な筆子が集います。学問は苦手ながら剣術に秀でた才を持つ、貧しい御家人の息子・鉄之助、浪費癖のある呉服屋の息子・吉太郎、極度のあがり症だが手先が器用な大工の息子・源也、兵法を学びたがる加賀藩士の娘・千織。それぞれの事情に寄り添う賑やかながら平穏な日々を送る中、「元」公儀隠密である十蔵に危険が迫っていることが判明します。伊勢へのお蔭参りへ向かう筆子たちに同道していた十蔵が姿を消したとき、筆子たちの冒険が始まるのですが──。

 筆子たちそれぞれの物語と、十蔵の出自にかかわる世の中の動きが密接に絡み、どこまで書いてよいのかわからなくなるのであらすじはこのくらいにしますが、家族や筆子たちを思う十蔵の姿に胸が熱くなることと、ラストは笑いありハラハラドキドキありの展開で「ザ・エンタメ」であることは、お伝えしておきたいです。

 単行本刊行時のエッセイに「今までの作品の中で、最も自身を剥き出しにして書いたかもしれない」とあるのですが、読み終えた時に思い浮かぶのは、冒頭でもご紹介した「元ダンスインストラクター」という経歴です。教え子たちにとって「翔吾くん」がどんな先生だったのか、この作品に溢れ出ているのでは……と考えずにはいられません。

 文庫版には、新聞書評で本作に五つ星をつけてくださった文芸評論家の縄田一男さんに解説を寄せていただきました。帯にも引用している「本書は無冠だが、無冠の傑作として永く文学史に残るであろう」という言葉で本書の魅力を伝えてくださっています。

 今村さんは本作の刊行後、『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、『塞王の楯』で直木賞など多くの文学賞を受賞され、注目を集め続けています。本作はもしかしたら皆さんの目にとまる機会が少なかったかもしれません。文庫化のこの機会に、たくさんの方に読んでいただけたら嬉しいです。

──『てらこや青義堂 師匠、走る』担当者より

てらこや青義堂 師匠、走る

『てらこや青義堂 師匠、走る』
今村翔吾

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