椹野道流の英国つれづれ 第15回

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◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯15

「さ、乗んな!」

うわー、家の前に停めてあったこの自動車、現役やったんか……!

ジャックは具合の悪い脚を庇い、かなり危なっかしい歩き方をしながらも、私のために自動車の助手席のドアを開けてくれます。

おおー、ナチュラルにジェントルマーン。

お礼を言って、でも私は座る前に、自動車をしげしげと観察してしまいました。

イギリスの自動車は、基本的に右ハンドル・左側走行なので、そこは日本にいるときと同じなのですが、印象としては、圧倒的に古い自動車が多く。

ヴィンテージを通り越してアンティークと呼びたいような古びた自動車を整備して、大切に乗り続けている人をたくさん見かけます。

大切にといっても、日本人のように車をピカピカに磨き上げる人はそう多くなく、水が不足しがちなお国柄なので、洗車に大量の水を使うこともあまりありません。

古い車は、古いなりのボロッとしたなりをしていることが多いのですが、それがむしろ味わいであるように、私は感じます。

ジャックの自動車も、車種はわかりませんが、幼い頃にミニカーで見たようなクラシックなシルエット。

塗装の象牙色も、もしかしたらもとはもっと白かったのではないかしら。

サイドミラーは端っこのほうが変色し始めていますし、座席の黒いシートも、体重がかかるところがひび割れてきています。

「この車、長く乗ってるんですか?」

私が座ったら、さらにひびを広げてしまわないかしら。おそるおそる座席に腰を下ろした私が訊ねると、運転席に窮屈そうに大きなお腹を収めつつ、ジャックは答えました。

「そうだなあ、20年ちょっとくらい? 中古で買って、以来、よく走ってくれてる」

「20年前に中古で!? じゃあ、それより古いんだ!」

私が驚くと、ジャックはむしろ、私の反応に怪訝そうな顔をしました。

「25か、30歳くらいかね、こいつは。大した歳じゃないさ。お前さんより、ちょっとばかし先輩ってくらいだろ。つまり、若い」

えええー。人と車の年齢を一緒に扱っちゃう? さすがアンティーク大国、イギリスだなあ。

そんな妙な感心をしていると、ジャックは何度か失敗してからようやくエンジンをかけ、意外と見事なハンドルさばきでバックをして、道路に自動車を出しました。

私がさっきバスで上ってきた坂道を、ジャックの自動車はゆっくりしたスピードで下りていきます。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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