◎編集者コラム◎ 『紛争地の看護師』白川優子

◎編集者コラム◎

『紛争地の看護師』白川優子


 2018年6月発売の単行本ですから、もう5年を経たことになります。編集者としてどういう心持ちで、当時担当していたのか正確には思い出せません。しかし、IS(イスラム国)や内戦の脅威に晒される中東からのオファーを頻繁に受けている著者の仕事ぶりに接し、自分にはできないことをされている、というリスペクトの念を覚えたことは間違いありません。

『紛争地の看護師』写真
アフガニスタンで活動中の著者。 提供:MSF

 イエメンの子供たちは夜遊ぶ、と本書には書かれています。昼間は銃弾が飛んでくるので家の中に閉じこもっているそうです。それでも夜、道端に落ちていた「面白いもの」を蹴ったり、突いたりしていると、大きな爆音とともに、子供たちの手足が吹き飛んだ……。その「面白いもの」は時限爆弾だったのです。なんとも胸が痛くなる、悲しい話でしょう。こんな話がたくさん本書には書かれています。編集の過程で、安穏と日々を暮らす自らを後ろめたく思ったものです。

 それでも、です。戦禍の地に渡る白川さんに対して、どこか遠い国で人道支援をされているという思いを持っていなかったといえば、嘘になります。つまりは情けない話ですが、白川さんが命がけで足を運んでいる地の惨状を、対岸の火事のように眺めていたということです。それを強く感じさせたのは、昨年2月に起こったウクライナ侵攻でした。連日のニュースに接し、市民たちの苦しみ、怒り、悲しみの声が聞こえてくるかのようでした。初めて「我がこと」として戦争を感じました。

 文庫版を出す2023年も、テレビや新聞はウクライナの惨状を伝え続けています。同じような光景は、ロシアによるウクライナ侵攻が起こる前から、世界の至る所で見られていました。子供たちや女性たちの被害も、さまざまな形で報じられています。本書を読めば、それがいかに愚かな行為なのかもわかると思います。

 しかし、こうも思うのです。戦争の愚かさなど、現代に生を享けたものなら皆、知っていたはず。みな知っていたのに……それが実際に起こるとは知らなかった? それがどれほど愚かなものかは知らなかった? 安全な生活を送りながら、ときおりそんな思いに駆られていました。その疑問はいまだに消化できていませんが、ひとつ言えるのは私自身が「知らなかった」側の人間であるということです。知ったふりをしていただけでした。本書「文庫版あとがき」にこんな一文があります。

戦争が生み出すものは憎しみ、悲しみ以外にはないだろうと、市民レベルでは、世界のだれもがとうに気づいているはずなのです。為政者たちのさまざまな思惑によって国と国、民族と民族の衝突は止まることはありません。それでも平和を願う市民たちを支える一員であり続けたいと思います

 白川さんは、単行本上梓後、アフガニスタン派遣のようなイレギュラーな要請こそありましたが(文庫版新章「アフガニスタンに生きる」)、基本的には事務局職員として採用などに携わっています。最前線に行く機会は減っている。しかし、「平和を願う市民たちを支える一員」であり続けています。

 白川さんはこうも述べています。

温かいご寄付、複雑な渡航の手配など、現場からは見えない支えがあってこその現場ということが見えてくるようになったのです。最前線で活動することだけが全てではないことに気づきました

――(同)

 この文章は、私に響きました。戦争の最前線に行って支援をすることは誰もができることではありません。しかし、彼ら彼女たちを「支える」ことならできるかもしれないな、と。戦争の恐ろしさについて子供たちに伝える、少額でもいいから寄付をする、などなど、きっと些細な行為です。大勢に影響を与えるようなことではない。でも、その一歩を踏み出すことは大きな意味を持つと、本書を担当していて強く思います。

 白川さんを、MSFの活動をリスペクトしているだけでは現状は変わりません。だからこその一歩を! 本書を読むことで心持ちだけでも、「対岸」に渡っていただければ、編集者として望外の喜びです。

──担当かしわばらより

紛争地の看護師
『紛争地の看護師』
白川優子
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