本屋大賞・直木賞W受賞!恩田陸『蜜蜂と遠雷』はここがスゴイ!

小川糸『ツバキ文具店』:ほっこり日常系小説かと思いきや、情熱的なお仕事小説

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【あらすじ】
八幡様の脇を入った鎌倉宮の程近く、大きな藪椿が目印の小さな古い文房具店、“ツバキ文具店”。先代である祖母の後を継いだ主人公、“ポッポちゃん”こと鳩子は手紙の代書を請け負う代書屋として働き始める。

豊城:全編を通して、ていねいに書かれた上質な作品だなあと感じました。手紙を書くのに最適な文具と紙を選び、墨を磨り、手紙を書くまでの描写が美しくて。小川糸さんは『食堂かたつむり』でもていねいな暮らしをしながらお店を通してやってきた方と交流を深める主人公を描いていましたが、やっぱり、そういった日常系小説は安定していますよね。

田中:鳩子がひとつひとつの依頼に真摯に対応する姿は素敵だけど、代書屋としてのプライドを持って取り組む姿にはハッとさせられました。鳩子は代書屋を継ぐことや先代の方針に対して反抗していた時期もあったのに、「原稿の依頼書を書いてくれ」って依頼した編集者を一喝する場面に、それが詰まっている気がします。「頼まれればなんでも書きますけれど、それは困った人を助けるためです。その人が幸せになってほしいから」って、どんな仕事においても共通しているなあと。芯の通ったお仕事小説としても読めるのは大きな魅力です。

豊城:編集者のエピソードといえば、後日談も素晴らしいと思います。「どうして編集者になったのかを考えたら、誰かに喜んでもらえる本を作りたいと気づいた」とつたないながらも手紙が送られてくるんですよね。直接依頼を受けたわけではないものの、鳩子の言葉でお客さんの心が変わるという。

田中:それと、『ツバキ文具店』を読むと聖地巡礼(※)をしたり、手紙を書きたくなったりするのではないでしょうか。というか、私が実際にそうなってます(笑)。

渡邉:鳩子が書いた手紙が挿絵のように入っているけれど、依頼者によって文体も内容もすべて異なっていて、視覚的にも楽しめる。最後の章で鳩子がQPちゃんという5歳の女の子と文通を始めたとき、QPちゃんが一生懸命書いた手紙が、急に入ってきますよね。それまでの手紙とはまったく違うものがきて、読んでいて新鮮でした。

(合わせて読みたい:小川糸著『ツバキ文具店』で描かれる、心温まる鎌倉の日常。著者にインタビュー!

※作品の舞台となった場所をめぐること

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塩田武士『罪の声』:物語の幕開けからおもしろい予感に満ちた、骨太な人間ドラマ

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【あらすじ】
京都でテーラーを営む曽根俊也はある日、父の遺品の中から1本のカセットテープと黒革のノートを見つける。テープには俊也の幼い頃の声が録音されており、ノートには製菓メーカーの「ギンガ」、「萬堂」の社名が書かれていた。31年前に発生し、未解決のままの「ギン萬事件」と大きく関わるものだと知った俊也は事件の真相を追っていく。

豊城:あらすじにもあるけれど、「父親の遺品から見つけたテープとノートが未解決事件に関わる重大な証拠だった。しかも、自分の声が脅迫時の音声に使われていた」なんて設定、「もうこれ絶対おもしろいやつだ!」と思いました(笑)。この作品のモデルになった「グリコ・森永事件」について詳しくは知らなかったけど、こんな事件が現実でも起きていた事実にまず衝撃を覚えました。

田中:読み終わってから事件について調べたら、概要もほぼ同じで「どれだけ塩田武士さんはこの事件について調べたんだろう」と思った。事件の報道をリアルタイムで観ていた人が、どういう感想を持つのか聞いてみたいですね。

渡邉:犯人グループのひとりが「あの時代だからできた犯罪」だと言っているけれど、確かにそうですよね。スマホで撮った画像や動画がすぐにネットに載せられるのが当たり前になっているからこそ、若い読者にはピンとこない人も、逆に興味を持つ人もいるかもしれない。

もうひとりの主人公で、新聞社の企画で事件を追うことになる文化部記者、阿久津は取材の成果が得られないかと思いきや、結果的に真相に行き着くというのもリアルでした。

田中:私はこれを読んで、浦沢直樹による漫画の『20世紀少年』を思い出しました。小さい頃の自分の行動が大きな事件に関わっていて、証拠と証拠をつなげた線をたどって最終的に事件の真相を明らかにするのは共通しているなと。こちらはさらに犯人とその家族にスポットをあてた、骨太な人間ドラマでもありますが。

渡邉:共通しているといえば、描いているものは異なるけど、フィクションとノンフィクションを合わせたミステリーという点では『暗幕のゲルニカ』と同じですよね。そうなると、『罪の声』と被って本屋大賞受賞は難しくなってしまうのではないでしょうか。

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森絵都『みかづき』:ひとつの家庭と塾の今昔を追った、感動巨編

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【あらすじ】
昭和36年。小学校で用務員として働きながら、傍らで児童に勉強を教えていた大島吾郎。吾郎は児童の母親である千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。やがてふたりは結婚し、学習塾は順調に成長していくものの、大手塾の妨害や指導方針の対立と、予期せぬ波瀾が起こっていく……。

渡邉:ノミネート作品の中で、僕はこの『みかづき』が1番好きです。昭和から平成にかけて、ひとつの家庭を舞台に家族愛が描かれていますが、いかにもヒューマンドラマという感じで。吾郎と塾を立ち上げて、後に結婚することになる千明の「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在」という信念が繰り返し出てくるんだけど、それが最終章になってタイトルの『みかづき』につながるのも見事でした。

豊城:章が進むにつれ、時には「修復不可能なのでは?」と思ってしまうほど大島家にはトラブルが続きますが、そのぶん、最終章の再生が際立つというか。

渡邉:家族をめぐるヒューマンドラマである一方で、塾の現場を通して教育についても深く描かれていて。文科省との対立や塾の指導のあり方など、時代背景を含めて興味深く読めました。それでいて説明過多にならず、説明が適切にされているので、もたつくことなく読めるのではないかと。

吾郎も吾郎で隙だらけの人間で、完璧というわけではないですよね。「何やってるんだ」と思ってしまう場面もちらほらありました。でもそれが人間らしい、どこにでもいるキャラクターだからこそ、憎めなかった。

田中:そうですね。あと、帯に古市憲寿さんからの「朝ドラでやって欲しい」という推薦コメントがあった通り、NHKの朝の連続テレビ小説でぜひとも映像化してほしい!

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恩田陸『蜜蜂と遠雷』:個性豊かな4人による王道の少年漫画的作品

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【あらすじ】
3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクールには、「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがあった。養蜂家の父と各地を転々とし、自宅にピアノを持たない少年・風間塵。かつて天才少女として名を馳せたものの、母親の死をきっかけにピアノから距離を置いていた栄伝亜夜。楽器店で働きながら、年齢制限ギリギリでコンクールに出場した高島明石。完璧な演奏技術と表現力を持ったマサル・C・レヴィ=アナトール。果たして、彼らをはじめとする出場者のなかからコンクールを制するのは誰なのか。

田中:恩田陸さんはこれまでにも『夜のピクニック』や『ネバーランド』のように青春小説を数多く書いているけれど、今作は年齢や境遇がバラバラな4人のキャラクターがピアノコンクールの優勝を目指してしのぎを削る姿に青春っぽさを感じました。ピアノコンクールがテーマだけに文化的な作品なのかな、と思っていたら少年漫画のようなアツい展開が続き、ワクワクしながらあっという間に読んでしまいました。

渡邉:コンクールに出場する4人も個性豊かで、好きなキャラクターや共感するキャラクターを探すのもおもしろいかもしれないですね。僕は努力型の明石が好きです。他のキャラクターももちろん努力していないわけではないけれど、あとの3人がどちらかといえば天才気質なので……。

田中:私は亜夜の、挫折を経験してから復活する姿に感動しました。一度ステージから去っていた亜夜が、自分からステージに戻っていくのをドラマティックと呼ばずになんと呼べばいいのか……。今まさに渡邉さんと私が言ったように「自分はこのキャラが好き!」という話題で、読んだ人同士の交流が深まりそうな作品でもありますよね。

豊城:私は、演奏シーンの描写のバリエーションが豊かで驚きました。「大柄な男性たちがバレーボールをしていて、チームのエースが見事なバックアタックを打ち込んでいるのにコースが読まれてブロックで阻まれている」なんてスポーツに例えているかと思えば、宇宙を登場させたり、ゾーンに入る様子を表現させていて。「こう来たか!」と恩田さんの表現の幅広さを感じました。

渡邉:第二次予選では、宮沢賢治の作品がイメージされたオリジナル曲『春と修羅』が演奏され、キャラクターごとにさまざまなカデンツァ(※)が見られて、ワクワクしましたね。

田中:『蜜蜂と遠雷』というタイトルも素敵ですよね。「蜜蜂」は登場人物のひとり、塵が養蜂家の父親を手伝いながら、各地をまわっているという設定からきていることはわかりますが、はっきり「遠雷」という表現はなかなか出てきません。私はトリックスター的な存在の塵から、彼が師事していたホフマンの姿を審査員の美枝子が探している様子が見つけようとするところからきているのかなと思いました。

豊城:私は第三次予選前に塵が外で雷の音を聞いた瞬間、演奏をホフマンに届けようと覚醒するシーンからだと思いました。好きなキャラクターだけでなく、タイトルでもこんなに話せるなんて、読書好きな人にはたまらないですよね!

※演奏者がアドリブで演奏をする部分のこと

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森見登美彦『夜行』:これまでの森見作品とは違う、新しい表情を見せてくれる1冊

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【あらすじ】
それは10年前の出来事だった。大橋、中井、藤村、武田、田辺と、長谷川さんという女性を加えた6人は、叡山電鉄に乗って鞍馬の火祭りに出掛けるものの、長谷川さんは忽然と姿を消した。10年ぶりに再び鞍馬に集まった5人は、夜が更けるなかそれぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。そして奇妙なことに、5人全員は岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていたのだった。

田中:森見さんの作品といえば、うだつのあがらない大学生が出てくる『四畳半神話大系』や狸と天狗が大騒ぎする『有頂天家族』みたいなノリが魅力だと言われているし、私自身もそういった作品が好きなので、最初『夜行』を読んだ時に「同じ人が書いてるの?」となかなか信じられませんでした。

豊城:確かに、連作怪談でもありますし今、田中さんが挙げた作品というよりも『きつねのはなし』に近い雰囲気ですよね。「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」というセリフにも、どこか背筋がヒヤリとする恐怖が含まれているように感じました。

一方で5人の話に共通して登場した絵の作者、岸田氏の家で語り合う場面では「たとえ窓の外には暗い夜の世界が広がっていても、車内には旅の仲間がいて、温かい光がある。こうして長い夜の底を走りながら、我々はどこにむかっているのだろう。」とどこか『銀河鉄道の旅』に似た印象を持ちました。美しくて幻想的な夜も、ここまで文学として表現されている点から見ても、素晴らしい作品です。

渡邉:読んでいる側が不思議な世界に迷い込む感覚は似ているかもしれないです。それでも、どこか背後に何かいるんじゃないかと恐怖につながる描写は、人が惨殺されたり、奇怪な出来事が起こるホラーとは別の怖さがありますね。

田中:「「夜行」とは夜行列車の夜行であるかもしれず、百鬼夜行の夜行であるかもしれぬ。」と森見さん自身が帯に書いている通り、物の怪による不気味さが後を引く作品でもあります。だからこそ、今までの森見さんの作品が好きな人にこそ読んでほしいです。

(合わせて読みたい:森見登美彦さん、作家10周年小説『夜行』を語る。

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総括

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田中:ここまで2017年の本屋大賞ノミネート作品10作をレビューしてきましたが、総括に入りましょうか。改めて、今回ノミネート作品を読んでみていかがでしたか?

渡邉:いつも本に触れている書店員さんたちが選ぶだけあって、どれもおもしろかったですね。ジャンルもヒューマンドラマからサスペンス、ミステリーやホラーと幅広くて。僕はずばり、今回の大賞は『みかづき』だと思います!

豊城:私はやっぱり『i』を推したいです。

田中:ノミネート作品の中には芥川賞、直木賞受賞作品や候補作も多くて、読み応えがありましたね。この中から本屋大賞をきっかけに、またヒット作が生まれると思うと楽しみです! 私は『桜風堂ものがたり』が大賞かなと。
この3人の予想がどうなるのかも含め、発表が待ち遠しいですね。

初出:P+D MAGAZINE(2017/04/08)

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