「文豪ストレイドッグス」に登場する小説家たちの素顔
実在の文豪をモチーフとしたキャラクターたちが異能力で戦いを繰り広げる漫画、「文豪ストレイドッグス」。コミックス累計250万部を突破、TVアニメが2016年4月より放送開始と、今熱い注目を浴びている作品となっています。今回はそんな人気作の「元ネタ」である文豪たちのエピソードをご紹介!
実在の文豪をモチーフとしたキャラクターたちが異能力で戦いを繰り広げる漫画、「文豪ストレイドッグス」。コミックス累計250万部を突破、TVアニメが2016年4月より放送開始と、今熱い注目を浴びている作品となっています。
「文豪ストレイドッグス」は主人公、中島敦が危険な依頼を専門とする組織、「武装探偵社」に入社し、芥川龍之介が所属する闇の組織、「ポートマフィア」、そしてフィッツジェラルド率いる北米の異能力者集団、「組合(ギルド)」に立ち向かっていく物語です。
この作品が注目されている理由は、個性豊かなキャラクターたちと、それぞれの持つ異能力が文豪と文学作品に因んでいる点にあります。そこで今回は、「文豪ストレイドッグス」に登場するキャラクターの元ネタである文豪について、知っていると漫画本編も更に楽しめるエピソードを踏まえてご紹介します!
主人公・中島敦の能力はあの「山月記」がモデル
「文豪ストレイドッグス」の主人公は中国古典を題材に芸術性の高い作品を書いたことで知られる文豪、中島敦です。中島は病気のため33歳の若さで没しましたが、短い文学活動期に発表された作品は総じて高い評価を受けています。中島の代表作の1つ、「山月記」は高校国語の教科書に掲載されていることも多いため、授業で読んだという方も多いのではないでしょうか。
そんな中島敦が持つ異能力、「月下獣」は、主人公の李徴が「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」から虎に姿を変えてしまうという「山月記」のあらすじを踏まえ、「虎に変身する」といったものとなっています。当初は自身で能力を制御できなかったという点も、意識が虎と人間とで揺れ動くことに葛藤する李徴が元になっているのでしょう。
そして作中では、中島の著作である『光と風と夢』を、「昔読んだ古い書巻にありました」という台詞と共に引用しています。
頭は間違うことがあっても、血は間違わないものであること。
昔、私は、自分のした事に就いて後悔したことはなかった。しなかった事に就いてのみ、何時も後悔を感じていた。
『光と風と夢』より
この『光と風と夢』は中島がイギリスの冒険小説作家、R. L. スティーブンソンの晩年を日記体で著した作品です。中島はスティーブンソンが病弱だった点、南洋での生活を送った点に自身を重ねていました。中島は病に苦しみながらも、断ち切れない文学への思いをこの『光と風と夢』に込めているのです。「文豪ストレイドッグス」作中でモチーフとなった文豪の作品を引用しているのは、主人公である中島敦ただ一人であり、作者の思い入れの強さも感じられます。
泉鏡花が美少女に?
「文豪ストレイドッグス」では主に男性作家がイケメンキャラクター化されていますが、本当は男性作家なのに女性キャラクターとして登場している文豪もいます。
幻想文学の先駆者として知られる泉鏡花は「文豪ストレイドッグス」において、かつて裏社会で生きていた物憂げな美少女としてキャラクター化されています。性別こそ異なりますが、豆腐と兎を好んでいるマンガ版の鏡花と、「豆腐を好んでよく食べていた」、「向かい干支の兎にまつわるものをコレクションしていた」というエピソードを持つ実在の鏡花とでは共通している点も見られます。
「文豪ストレイドッグス」では、そんな裏社会で生きてきた鏡花のことを中島敦が何かと気にかける描写がされますが、実際の中島敦は泉鏡花についてこのように語っています。
日本には花の名所があるように、日本の文学にも情緒の名所がある。泉鏡花氏の芸術が即ちそれだ。と誰かが言って居たのを私は覚えている。併し、今時の女学生諸君の中に、鏡花の作品なぞを読んでいる人は殆んどないであろうと思われる。又、もし、そんな人がいた所で、そういう人はきっと今更鏡花でもあるまいと言うに違いない。にもかかわらず、私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ。ということである。
「鏡花氏の文章」より
この他にも泉鏡花について「言葉の魔術師」、「氏の芸術境は、日本文学中にあって特異なものであるばかりでなく、又世界文学中に於てもユニイクなものと言えるであろう」と中島敦は絶賛しています。こういったエピソードを知ると、キャラクターとしての2人の関係性も面白く見えてきますね。
また、鏡花と同じく、尾崎紅葉も女性としてキャラクター化されています。史実では師弟関係にあった紅葉と鏡花ですが、「文豪ストレイドッグス」では共に夜叉の幻影を具現化させる異能力を持っています。2人の異能力が共通しているのは、史実が元になっているためなのです。
史実では逆?リスペクトする側とされる側。
「文豪ストレイドッグス」での人気キャラクター、太宰治はかつて芥川龍之介の師だったという過去を持っているという設定になっています。敵対する立場であっても「認められたい」とかつての師に依存する芥川の姿が印象的に描かれていますが、史実では2人の関係性は逆であり、太宰が芥川に傾倒していました。
太宰は高校生の頃に使っていたノートに芥川龍之介の名前を書き連ねていた他、写真撮影の際に芥川と同じポーズをしていたなど、芥川に対して並々ならぬ憧れを抱いていました。しかし、太宰はそんな憧れの存在であった芥川の名を冠した芥川賞を受賞できず、その怒りを賞の選考委員である川端康成に対して「刺す。そうも思った。大悪党だと思った。」と過激な言葉でぶつけています。まさに「文豪ストレイドッグス」で描かれる太宰と芥川とは真逆の関係性となっているのです。
▶︎過去記事:【辞退?誤報?】芥川賞をめぐるトリビアまとめ
また、「文豪ストレイドッグス」には「エドガー・アラン・ポー」と「江戸川乱歩」という名のキャラクターが登場し、かつて探偵勝負でポーが乱歩に敗れ、意趣返しのため再度ポーが乱歩に勝負を挑むという場面が描かれます。この二人の関係性も同様に、「文豪ストレイドッグス」と史実とでは逆になっています。
実在の乱歩は、文学を志すと同時に、エドガー・アラン・ポーの名前を由来に「江戸川乱歩」というペンネームを考えるほどのポー信奉者でした。地図を元に財宝を探し出すポーの冒険小説、「黄金虫」は暗号を取り扱った小説として後世に大きな影響を与えますが、乱歩のデビュー作「二銭銅貨」もまた、暗号を題材とした推理小説となっています。ポーと乱歩は互いに探偵・推理小説を一般的にした小説家ですが、この2人が対決するという展開は「文豪ストレイドッグス」ならではですね。
▶︎過去記事:映画で振り返る!江戸川乱歩の超ディープな世界。
おわりに
この「文豪ストレイドッグス」は一部の読者から「文豪の名を借りただけ」、「もっと文豪に対しての愛を持って欲しい」という批判も少なからず受けています。確かに文豪を美男美女のキャラクターにしている点は、受け入れられない可能性も大いにあります。
しかし、1人1人のキャラクター設定は文豪たちの史実に基づいたエピソードを踏まえていること、キャラクター同士の関係性に大胆な脚色を加えて、新たな魅力が生まれていることも事実です。
更に最近では、京極夏彦や綾辻行人など、キャラクター化した現役の小説家たちが登場する小説版も発刊されています。今後はどのような文豪が、どのような異能力を持って登場するのか想像するのも、楽しみの1つなのではないでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2016/05/18)